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「満洲」GW後も、空を飛んだ女の物語である

南信州新聞連載作品「満洲-お国を何百里-」第5話は「空を飛ぶ女」。
この登場人物は実在しており、物語はフィクションではなく伝記にならない程度に史実を拾いながら、実際の生涯に肉付けするストーリーです。思えばフル創作の多かった本編で、8割方が史実に寄り添う一篇は初めてになるかも知れません。

松本キク。のちに結婚して西崎キクとなるこの女性は、連続テレビ小説「雲のじゅうたん」のモデルとされた女性パイロットの一人とされます。

昭和12年(1937)7月、樺太豊原市(当時)市制施行を記念するため第二白菊号による女性操縦士長距離飛行が計画され、西崎キクがパイロットとして選ばれた。しかし機体アクシデントのため津軽海峡で墜落し貨物船に救助されたことをきっかけに、世間の風は女性を操縦から遠ざけるものとなった。こののちも飛び続けるために、西崎キクは陸軍に飛行兵として志願するが実現に至らず。結果、空を飛ぶ道を断たれてしまう。
その後の半生は、空を飛ぶことなく満洲に関わっていく。

「私はみたんだ。大陸の空を、大陸の地平を、あの広い大陸を空からみたんだ!」

このことが、彼女を満洲移住への道を決定的とする。
先の一篇で「大陸の花嫁」を描いたが、この当時、おんな一人の移住など国も誰も求めてはいない。入植した者が根を張り、生めや増やせと揶揄したとおりの嫁だけが望まれた。西崎キクには選択肢がなかった。

飛べなくなった女は、満洲で幸せだっただろうか。
これを現代の物差で好き勝手に云えないことを、肝に銘じなければいけない。価値観は、決してひとつではないのだから。