ちゃんと覚えてるんだ

高校時代、馬場くん(仮名)という友人がいた。

彼とは部活が同じで、ほぼ毎日顔を合わせていた。

出会ってすぐ、お互いがMr.Childrenのファンであることがわかり、すっかり意気投合した我々はどんどん仲良くなっていった。

やがて学校内の話や部活の話、ミスチルの話だけでなく、本当にいろいろな話をするようになった。

いつも時間を忘れるほど長話をし、帰宅後もよくメールをしたり、部活の合宿時には次の日の練習のことも考えず、夜遅くまで語り合ったりしていた。


高校2年のとき、ミスチルがLIVEツアーで私たちの地元にやってきた。

運良くチケットをゲットできた我々は、そのLIVEを二人で観に行くことになった。

初めてのミスチルのLIVEは、それはそれは感動的なものだった。


LIVE後、親に迎えの車を頼む予定だったのだが、もう少しこのLIVEの余韻に浸りたいという思いと、いつものように彼と話がしたかった私は、LIVE会場から徒歩で1時間以上も離れた駅まで、話をしながら歩いて行くことを彼に提案した。

彼もそれを快諾し、二人でいろいろなことを話しながら、1時間以上かけて駅へと向かった。

事前に母親からは「LIVE後は馬場くんも一緒に車で送ってあげるから、終わったら電話しなさい」と言われていたにもかかわらず、その連絡をせずに歩いて帰ったため、帰宅後に母親からめちゃくちゃ怒られた。「アンタはいいとしても、馬場くんが可哀想。1時間以上も歩かせるなんておかしい。」と。

今考えれば本当にその通りだと思う。ただ、当時の我々はとにかく二人での会話が楽しく、たとえ1時間以上であろうと、二人で話していればあっという間に感じられるほどだった。


その後も私たちは日々ミスチルについて熱心に語り合ったり、私が部活を辞めようとした際には馬場くんが全力で説得してくれたり、馬場くんの恋愛の悩みについてなぜか馬場くんよりモテない私が相談に乗ってあげたり、本当にたくさん、いろんな話をした。


高校卒業後、彼は地元の大学に進学し、私は東京の大学へ進学した。

それからはたまにメールでやりとりをしたり、地元に帰省した際には会って遊んだりもしていたのだが、だんだんとその頻度は減っていった。


最後に連絡をとったのは、確か大学3年のときだったと思う。

久しぶりに近況報告をしよう、と私の方からメールをし、夜に電話をした。

しかし、そのときの彼はどこか以前とは違う人物のようだった。

当時はあれだけ弾んだ会話も、この日は全く盛り上がらなかった。

ついには二人の大好きだったミスチルの話題を持ち出しても
ああ、ミスチルまだ聴いてんの?俺、もう全然聴いてないわ。
と冷めた感じで言われてしまった。

「また今度」
そう言って電話を切ったあの日から、馬場くんとは一度も連絡をとっていない。


高校2年のときに彼と行ったミスチルのLIVEは、当時発売されたばかりのアルバム【HOME】に収録された楽曲を主軸としたLIVEだった。

そのアルバム【HOME】の最後に【あんまり覚えてないや】という楽曲が収録されている。

この曲をかなりザックリ説明すると、ずっと思いを寄せていた女の子とやっとSEXできたのに、酔っ払っていたから覚えていない。寝る前に世界中を幸せにするようなメロディがふと降りてきたのに、朝起きたら覚えていない。でも小さい頃の家族との思い出は些細なことでもちゃんと覚えている。とそんな感じの内容だ。

確かにずっと好きだった女性との初めての夜のことなど私もあんまり覚えていないし、世界中を幸せにするようなメロディはそもそも私の元に降りてきたことはない。

ただ、馬場くんはもう私のことを思い出すことなどはないにしても、私は彼ととても仲が良かったこと、共に部活で汗を流したこと、彼との会話が本当に楽しかったこと、今でもちゃんと覚えている。

それは家族との思い出をちゃんと覚えているように、彼との思い出もまた、私の中では大切な思い出だからだ。


ただ、彼と行ったそのLIVEの中で【あんまり覚えてないや】が演奏されたかどうかは、あんまり覚えていない。


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