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「終わり」を告げる美女

世の中の女性が羨望の眼差しを向ける先には、大抵イケメンや金持ち、はたまた足の速い男子や面白い男等々、様々な男がいる。

しかし、その女性たちの集団から外れて一定数常に存在し続ける「ダメ男好き」の女性。

心当たりのある人もいるのではないだろうか。

ダメ男とは、例えば暴力をふるう男や、生活能力がない男、経済力がない男など...一般的な価値観からすると決して高くは評価できないであろう特徴を有する男性を指す言葉だ。

そのダメ男を好む、ダメンズ好き女性が本日のテーマ。



ダメンズ好きの女性。

過去このような癖(へき)を持つ女性と多々関わったことがあるが、もし僕が一言で彼女を表現しろと言われたら「中毒」か「依存」という言葉は必ず使う。

みんな、半ば間違った判断であるとは薄々勘づきながらも

「彼には私が必要」

「でもこんなに一緒にいたし...」

「ここまできたら愛し尽くして行くところまで行きたいと思うの」

と、自分の乗るドロ船の進路を疑わない。

自分の乗っている船(男)がドロ船と気づいたら、早々に見切りをつけるのが大多数の女性に共通する逞しいところと考えていた僕は、半ば食傷気味なことを隠しながら「まあでも切り上げる時は、切り上げようね」と幾度も答えてきた。

しかし、その場では頷くも特に舵を切らない彼女たちの考え方や思考回路は恐ろしく、ある一つの「中毒症状」「依存症状」に酷似している。

その症状の名前は―― 

 「ギャンブル依存症」



この記事を見ている方々は「カイジ」はご存じだろうか?

藤原竜也演じる主人公、何の取柄もないフリーターである若年フリーター、伊藤カイジが、雄々しい叫びと女々しい人間性で大金を求めてギャンブルで勝負する漫画原作の映画。

「こんな大金...!!!注ぎ込んだんだ...!負けられない!!!引き下がれない...!どうにかこじ開けるんだ未来を...!!」

みたいな感じで鼻息荒くギャンブルに取り組み、周囲の声や状況を自分で隔絶してギャンブルの沼にハマっていく姿はまさしくダメンズ沼にハマる女性に酷似していると思う。


ギャンブルとダメンズ好きの大きな共通点として、

今話した、「人の話を聞かない点」のほかに

「注ぎ込んだコストを自分の頑張りと勘違いしている点」があげられる。


ギャンブル中毒「これだけの金額を注ぎ込んだからきっと当たるはずだ」

ダメンズ中毒「これだけの時間と愛を注いだのだから、きっと何か返ってくるはず(むしろ何かないと困る)」


みたいな思考があって、間違ったことに間違ったものを注いでいる自分の現状をミスと理解していない。投資とさえ感じている人もいる。

ギャンブルについては「お金を注ぎ込む」ことが当たり前の範囲、

ダメンズないし恋愛については「恋人に時間や愛を注ぐ」ことは当たり前の範囲。

リターンがあることなんて誰にも何にも約束されていない。あくまで思い込みであり、リターンがなくても何も不思議でない。

それを一心不乱に「リターンのある頑張り」として思い込み、金や時間や愛を注ぐことが両者に共通する症状なのだ。



どうかこの記事をご覧の方々で、ダメンズもしくはダメウーマンにハマっている人がいたら目を覚まして欲しい。

貴方がしているのは、恋愛ではない。

恋愛は対人駆け引きのゲームの一面を持つ勝負かもしれないが、貴方がしているのは一種の博打(バクチ)なんだ。

勝負じゃない、博打なんだ。

博打は負ける人のほうが多いから成り立つんだ。従ってリターンなんてまず見込めない。

でも、注いでしまったコストは、貴方の愛の大きさじゃない。

注いだコストは、ムダになんてならない。立派な貴方の「学び」や「経験」になったはずだ。

だから、自分が頑張ったから愛していると勘違いするのはもうやめよう。

その中毒、依存の病に見切りをつけてみて。



何事にも「終わり」を自ら作れる人は、きっと美しいから。



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