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廃番になる女 794字 シロクマ文芸部

雪化粧は、限定モノ。
きれいなのは一瞬で、溶けて土と混じればドロドロに汚れるだけ。

***

わたしはすぐ廃番になる。
もとい、わたしの愛用品は次から次へと販売が終わっていく。

まずは、リップ。
唇の色に近い、ピンクがかったオレンジベージュ。
これがなかなか市販では見当たらない。
やっと見つけて喜んだのもつかのま、限定カラーでした、と棚から撤去された。

次に、オードトワレ。
香水よりもやわらかで、数時間で消えゆくはかなさ。
何より、オレンジの花とネロリなどをブレンドした、すっきりと甘い柑橘系の香りが唯一無二だった。
それも、どういうわけか生産終了。
あんなにいい香りの人気がなかったとでもいうのだろうか。

***

代わりを探しても容易に見つかるわけもない。
しかたなくまとめ買いすれど、もうこの世にないのだから手持ちのものがなくなれば、それで終わり。
二度と同じものにはめぐり合えない。

『長らくのご愛顧 誠にありがとうございました』
お気に入りの雑貨店、洋服屋。知らぬうちに姿を消していく。
この調子だと、わたし自身も雪のように消えてなくなるのでは…という不安が、このところ頭を離れない。

***

そして、とうとう決定打を食らった。
今住んでいるマンションの建て替え工事で、全住民に立ち退き要請が届いたのだ。
寒風が、いちだんと身にこたえる。
「火星にでもいこうかな…」
「なに言ってんすか、オレんちくれば済む話でしょ」

ダメだと思いながらも、顔を合わせるたびにグチを聞かせてしまう、職場の後輩。
彼は人の言い分を否定しないし、さとすようなことを言ったりもしない。
考えかたがシンプルでまっすぐな人だから、話しているとすさんだ心が穏やかになる。

「廃番雪崩なだれが起こるかもだけど、いいの?」
「いいですよ。いくらでも」
と彼はよくわからない返事をして、おかしそうに笑った。
復刻や製造再開など、未来が楽しみになることばを教えてくれるのもこの人だったと、わたしは彼を再発見した。

(おわり)


シロクマ文芸部に初挑戦いたします。よろしくお願いいたします。


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