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居眠り猫と主治医 ㉙遠距離恋愛計画 連載恋愛小説

「まともな会話ができるうちに言っとく。来月、小笠原に行く」
いよいよ最後の晩餐かとうつむきそうになったが、文乃は目を見て話を聞くことにした。祐も包丁をまな板に置き、向き直る。

「期間限定で手伝いに行く。籍はあくまでクリニックにあるし、文乃とは別れない」
文乃の認識とはかけ離れていたので、理解するのに時間がかかった。
骨折したのは左手だし、院長にはせっかくだからドンと借りを返してもらうと、こともなげに言う。

「私のことほっぽって、イルカに走るとばかり…」
なんだそれ、と彼は吹き出す。
「ヤバイくらい依存してんのに、それじゃオレが廃人になる」
飼い猫を手放さず、かつイルカと密会できる道を模索したという。
自他ともに認める要領の良さを発揮したのか。

***

「限定というのは…」
「半年」
「なんだ…意外に短い」
「いや、長いだろ」
なにしろ永遠の別れを覚悟していたので、2年でも3年でも短期間に感じる。

月にいちどは会いに来ると言いだすので、仰天する。
交通費や移動時間を考えても無理があるし、なにより帰ってくること自体が億劫おっくうになりそうだ。
「え。ちょっと落ちつこう?フェリー代、片道3万だよ?」
せめて2か月に1回くらいにしては…と言いきらないうちに却下された。
がんとして譲りそうにない。

「小笠原に行くこと教えてくれるなんて、思ってなかった」
「また雲隠れされたら、今度こそ立ち直れない」
本来は口数のすくないひとだから、なにも言わずサヨナラもありえたはず。
自分の行動をかえりみて、文乃は申し訳ない気持ちになった。

***

「もっと撮っておきたいんだけど、いい?」
愛用の一眼レフに手を伸ばす祐。
「もっと、って?」
無言で画像を見せてくる。

以前、野鳥観察にみんなで行ったときの写真たち。鳥や新緑、空や滝。
それらにまぎれて、お弁当をぱくつきながら里佳子と笑う文乃が数枚、収められていた。
「盗撮じゃん!」
心が動いたらシャッターを押す。それだけのことだ、と平然としている。
あの頃から意識してもらえていたなんて、想像もつかない。
文乃は泣きたいのか笑いたいのか、よくわからなくなった。

(つづく)

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