見出し画像

居眠り猫と主治医 ㉕狙われた獣医 連載恋愛小説

すべてを遮断する気でいたけれど、里佳子とは何度か会っていた。
彼女も夏目祐のゴッドハンドにひれ伏したクチで、あっという間に意気投合した仲。そういう人との絆は、切っても切れない。

「ルリルリ元気ですか?」
彼女のインコはマメルリハという種類で、鮮やかなブルーの美女だ。
「ちょっとそれが聞いてよー」
英国王室御用達の超高級シードを買ってみたところ、愛鳥はそれ以外受け付けなくなったという。

「もー、破産。オーガニックって単語、聞きたくもない」
「うわ。真のプリンセス」
「ほんとそれ」
相変わらず、周りを楽しませるのが上手い人だ。

***

「で?」
「で、とは?」
「やっとめぐりあった凄腕ドクターを遠ざける、のっぴきならない事情とやらを、聞かせてもらおうじゃあないの」
いきなりの剛速球をかましてくる、里佳子センパイ。

「夏目先生と会いたくなくて。…あ、なにかあったってわけじゃないんですけど、なんとなく」
ウソを思いつかないので、文乃はあいまいに説明する。

「はーん、ハイハイハイ。了解了解」
いろいろあるよね、と訳知り顔でうなずき、意外にもそれ以上突っ込んでこない。
「こう見えて口堅いから、安心しな」
ワクワクを抑えきれていない目で言われ、すこしばかり不安が胸をかすめた。

***

何を思ったか、それ以来、彼女は祐の動向を逐一報告してくれるようになった。
院長がバイクで腕を骨折して、業務がのしかかっているとか、臨時の助っ人を募集してもナシのつぶてだとか。

「ドルフィンツアーの北村さん、覚えてる?」
「はい、自然ガイドの」
「小笠原に来い、って口説いてるんだって」
重大な情報を突きつけられると、脳は拒絶反応を起こすらしい。
文字通り、文乃は凍りついてしまった。

見送りに来たガイドさんが、島を離れる直前まで祐となにやら話しこんでいたのを思い出す。
海洋研究所のプロジェクトで人員が必要だという話だそうだ。
「なんか具体的ですね…」

そうか、こっちから離れるまでもなかったんだ。
本当の意味で遠くに行ってしまうとわかったとたん、胸を締めつけられるような寂しさに襲われた。
でも、同時にうれしくもあった。

念願が叶う幸運を祝いたい気持ちは、ウソじゃない。
はじけるような笑顔と海のきらめきが、真っ先に思い浮かんだから。

(つづく)

#恋愛小説が好き #連載小説 #私の作品紹介 #賑やかし帯


この記事が参加している募集

私の作品紹介

恋愛小説が好き

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

最後までお読みくださり、ありがとうございました。 サポートしていただけたら、インプットのための書籍購入費にあてます。 また来ていただけるよう、更新がんばります。