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居眠り猫と主治医 ㉚夏目氏、ご乱心 連載恋愛小説

「ご報告があります。欠食しないようになりました!」
ドヤ顔で胸を張る。
まだまだレベルは低いが、文乃にとっては大きな進歩だ。
「コンビニでひじきサラダとか買うようになったし、これも師匠の粘り強いご指導の賜物たまものです」
こんな不健全な生態を変えられるなんて、やはり彼はただ者ではない。

師匠がダウンしたら共倒れだから、責任重大だと告げる。
「あっちに行っても3食きちんと取って、睡眠もしっかり確保する。私用に冷凍おかんボックス作っておくこと。わかりましたか?」
我ながらどの口が言う、という感じだが、彼の身を案じる気持ちのほうがまさっていた。祐は言葉を発することなく、頭を抱えた。

***

頭が痛いのかと思って手を伸ばすと、背中と膝裏に腕がまわされ、文乃は軽々と横抱きにされていた。
息のかかる距離にある凛々しい顔に見とれつつ、運び慣れてるなあと自動的に首に抱きつく。歩いていても安定感があって、全然こわくないのだ。

花見しかり、バーベキューしかり。
よく考えたら、何度もお世話になっていた。
包容力ありすぎではないかとしみじみ思う。

***

祐がもどかしげに服を脱ぎ捨てていくのをひとごとのようにながめていて、はたと気づく。
「おすし…は?」
「ごめん。なんか正気保てない」
文乃の言動に、つやっぽい要素はなにひとつなかったはずだった。

予想外に切羽詰まった彼の表情に文乃は呼吸のしかたを忘れ去り、初キスみたいに狼狽ろうばいした。
耳もとの髪に指を入れるクセも彼の匂いも知っているはずなのに、腰が引けてしまう。名を呼ばれただけで、びくりとする。

「体温みますね」
舌が差し込まれて口内をなぞり、文乃の舌をつかまえる。
じっくりと時間をかけて絡め唾液をすすったあと、熱があると祐は言い渡してきた。
あまりのことに涙がにじみ、放心する。
文乃の反応に満足したのか、彼は一転して余裕の笑みを浮かべている。

(つづく)

#連載小説 #恋愛小説が好き #私の作品紹介 #賑やかし帯

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