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#21 【読感】子育てに迷った時のお母さんへの言葉

子育てに迷った時のお母さんへの言葉 佐々木正美 読了。1人目を産んで、仕事復帰した頃に著者の「子育てのきほん」に出会う。
社会復帰と育児に翻弄している私を包み込むような温かい言葉で、激励してくれた。

「子育てに迷った時のお母さんへの言葉」を購入したあと、完読できていなかったため改めて読み直し。

子どもを育てるということは、最高に価値の高いことです。あらゆることを犠牲にしても、する価値のあることです。私はそう思います。

本文より引用

あとがきに残されたひと言なのだけど、すごく心に残った言葉。

"まずは自分を大切にしよう"と声高に叫ばれる時代。「自分の時間を犠牲にしてまで子育てしたくない」という声をSNSでたくさん目にする。子育て中の愚痴や悩みには、「自分で選んだ道だから、自己責任だよね。」そんな冷めた意見も少なくない。
子育てをしている、していないの線引きに限らず、立場の違う人間は線引きして、同じ立場の人間で群がって攻撃する。そんな風潮をSNSで目にする度、悲しくなる。

子どもが欲しいと思った自分の気持ちに嘘はないし後悔もないが、佐々木先生が残したこの言葉が自分の選んだ道に間違えはなかったと確信させてくれた。

人との関わりを大切にする

子どもの中に、まず育ててあげなければいけないもの、それは"人との関係が豊かに、自由に持てるということ"です。人間関係が楽しいから学校が楽しいのです。勉強ができるできないはその次の話です。

本文より引用

"人との関わり"を持つこと、大切にすること。簡単そうに見えてハードルは高い。

現代っ子は残念なことに親だけで育てられていることが多いです。あるいは祖父母がいても影響が小さかったり、なかったりするのです。親戚や近所の人の影響はさらになかったりします。程度の差はあれど、強迫的になっていき、自分で判断し、行動する力が衰えているのです。自分で判断できなければ、臨機応変な人間関係はできません。

本文より引用

我が家の場合、それぞれ実親宅は車で30分ほどなのでまめに行き来は可能だが、頻繁なのは夫の親宅。夫の妹家族が近くに住んでいて出入りも多い。義母からは定期的に誘いもあるし、子どもを快く預かってくれる。

一方で、私の親宅は仲が悪い訳ではないが義実家に比べて交流は少なく、子どもを預けることもない。これって家族の特性によるところが大きいんだなと、他の家族と交流を持つようになってから実感している。

連絡を取り合う親族は限定的で、近所づきあいは挨拶程度。子どもにとって、安心して頼れる大人は両親以外にもいて欲しいと思うものの、そういう関係性を築くには頻繁に交流するしかない。

私が生まれ育った環境は、祖父母と同居、姉もいて7人暮らし。田舎があり夏休みには長く田舎で過ごした。

現在は娘と夫の3人暮らし。実親とも義両親とも同居するつもりはない。共働き、娘の友達の親との交流も少ない。日々関わる人間が限定的にならざるを得ない中で、広い視野で人との関わりを意識しながら子育てをしないと、と考えさせられる。

人として尊重すること

しつけをする上でこれだけは踏み外してはいけないと思うことがあります。それは"子どもの自尊心を傷つけない"ということです。
「自分は大切な存在であり、生まれてきてよかった」という感情です。「どうせ自分なんか」といった気持ちは、育児の上で自尊心を傷つけられた結果ということを理解してもらえばいいでしょう。

本文より引用

自分の子どもを貶す親がいる。本人の目の前で失敗を笑ったり、「そんなこともできないのか」「お前はバカだ」などと咎める。家族以外の目を気にして、謙遜しているのと違う。親が何気なく言い放っている言葉は子にどんな影響を与えているのだろうかと興味深い。

親と子の関係性、私は対等であって良いと思っている。自分の子どもだからといって、笑いものにする権利はないし、からかって泣かせる権利もない。罵倒するのも違う、と思う。

健康な家族の共通点は、どんなに小さな子どもでも、発言力をみんなと同じように持っていたのです。決定権ではありませんが、大人から見てどんなに馬鹿げたことでも、発言は自由にできるのです。頭ごなしに否定されないのです。親に対して自由に発言できなければ、よその人にはもっと発言できなくなります。

本文より引用

自分が子どもの頃、話を真面目に聞いてもらえていないと感じたことを覚えている。どんな話を誰にして、どんな反応だったか詳しいことは覚えていないが、「ちゃんと聞いてもらえなかったな」と悲しい気持ちになったことは記憶にある。こういう思いを日常的に感じていたら、親への不信感に繋がったのだろうと思う。

そんな自身の経験を踏まえて、子どもだろうが大人だろうが、真摯に話を聞くって大事だと改めて感じる。忙しい時、余裕がない時、聞き流してしまうことも多分にある。でも一日の中で数分でも良い。お風呂の中や寝る前、テレビやデジタルがない環境で話を聞く時間を取れるように意識している。保育園であったこと、給食のこと、ゲームのこと、飼ってる猫のこと、なんでも良いから会話することを意識している。

必要な言葉を適切な量で

欠点ばかり指摘されて育てられた子どもは臨機応変な対応ができず、それが苦しくなるから孤立し、対人関係を避けるのです。

「勉強しなさい」「遊んでばかりじゃダメよ」「テレビばかり観てないで」と、親が子どもに言う一つ一つのことは正しいのですが、"量"を間違うと"副作用"があります。

人間関係をしっかり築けるように育てるには、お子さんの言うことをたくさん聞いてあげることです。

子供に言ってあげられることの最小限言って、待っていてあげられるか。これが子どもを強迫的にしないための1つの方法です。

"できる"と"でき続ける"ということは違いますね。どうしても今日は掃除をする気がしない、という日がおありではありませんか。掃除をする能力がないのではありません。
そこをよくわかって、正しいことを適量だけお伝えください。

本文より引用

正しいことを適量伝える。
簡単なようで難しい。親だって人間。
いつも穏やかでいられるわけではないし、受容するって大変だ。佐々木先生の著書は読み続けていると、時にキレイごとのように映ることがある。ただ、しないことと心掛けることでは雲泥の差になることは間違いない。

私は、家庭環境に問題はなかったものの小中学校時代にいじめられていた時期があった。親には心配かけたくない、怒られたらどうしよう…など複雑な気持ちがあって言い出せなかった。

家庭で人格否定をされたことはなくとも、このいじめの経験で「私なんかいない方がいい」「いじめられる価値のない人間」「容姿も中身も全てがダメな人間」とすっかり刷り込まれてしまった。そこから抜け出すのは容易ではない。

当時、家族に打ち明けられず苦しい思いをしたことも踏まえて、家庭は子どもが守られ、苦しい時に伝えられる場所であって欲しい。
そう思うと、先生の言葉はキレイごとではないと気づく。

それでも、叱らなきゃいけないこと、見守ってよいことの判断って日々迷うことばかり。もっとたくさんの本に出会って、感覚を研ぎ澄ませたい。


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