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異形者達の備忘録-31

虎落笛(もがりぶえ)

私は女子高生のユリ、同じクラスのエッちゃんはご両親の都合で、高校2年の5月に転入して来た。彼女は、暫くお婆ちゃんと一緒に暮らすらしい、お家は、学校からそう遠く無い、大きな竹林の中にあり、七夕祭りの季節が近付くと、子供達に笹の枝をくれて、竹の子取りもやらせてくれる、地域では竹屋敷で知られたお家です。

エッちゃんは美術部に所属して、高校にも直ぐに馴染んだ。ワンゲル部と部室が隣同士なので、一緒に遊ぶことが多くなって、私と京子はエッちゃんの絵が大好きなのです。

夏休み開けに会ったエッちゃんは、別人の様にやつれて無口になってた。部室の窓から、ぼんやり外を見ている。「あれ、泣いている?」京子が小声で話す。私もそう思う、だから、部活後話しかけて見た。

エッちゃんどうしたの?何かあった? 心配だよ話してよ、と言うと、廊下で泣きだし、私達は、無人の美術準備室で話を聞いた。

私のお母さんはね、ずっと入院していたの、お父さんは付き添っていたけど・・・、私もう無理なの、と言って、わんわん泣いた。

2人で背中を摩ったりしていたら、ゆっくりと話し出した。

「お母さんは、私が中学の頃から急におかしくなった。怒りっぽくて、大きな悲鳴をあげる。お父さんは、反抗期の私のせいで、ヒステリーになっていると言った。私もそう思って、母の言い付けを聞いていたけど、夕食の準備中に、キッチンから母が包丁を持って出て来て、それを私に振りかぶって来たのです。私は避け、父と2人で母を抑え、救急車を呼んだ。隊員が処置をするまで、母は叫んで暴れ回った。

母の病気は、若年性アルツハイマーだって、治る見込みは無いって、

薬で、すっかり大人しくなった母は、夏休み前から家にいるのよ、お婆ちゃんが、生まれ育った場所のほうが落ち着くだろうし、これからの面倒は母親の私が見るよと言ったから、お父さんがお母さんを連れて来て、休んでいた仕事のために、前のお家に帰った。だから1週間前から、お婆ちゃんとお母さんと私の3人で暮らしてる。お婆ちゃんは、母の若い頃のことを沢山話してくれて、俳句が大好きで、春の若竹や冬の虎落笛などを読み込むのが得意で、虎落笛の句は雑誌に掲載されたと言いながら、母の髪を結い上げるの、でもね、酷すぎて、誰にも言えないけど、私、母が怖いの!話しかけられないし、触れないし、真っ直ぐ顔も見られない、お父さんやお婆ちゃんには絶対言えない!でもどうしよう、私お母さんが怖いの」話終わる頃には、もう泣いてなかった。「エッちゃん!私の家に来なよ!」京子も私も同時に叫んでた。「ありがとう、でも私、今日母に話して見ようと思うの、これ見て」と言って、6号のキャンバスを示した。小紋を着た美しい女性の肖像だ。エッちゃんは「これね、お母さんを描いたの、これあげようと思う」京子の「それ、いいね!」と私の「それ、大丈夫?」が同時に出た。私が「今日見せるなら、エッちゃん家に寄ってから帰るよ」と言うと、京子が「私も」と言った。ありがとう・ありがとうとエッちゃんは、また涙ぐむ、

遅くなります!と電話すると、それぞれの親から、台風が近付いてんだぞ!早く帰ってこい!!と、叱られたが、はい!と返事だけした。

着いてみると、広い竹林の真ん中に平家の豪邸があった。京子が「エッちゃんは、かぐや姫だったんだね」と言うので3人で笑った。

居間に入り、ただいま、こんにちわと挨拶するが、お婆ちゃんはニコニコ挨拶してくれるが、母親はこちらを見ない。エツコが大きな声で、あのぅ!と言ったらこちらを向いた。彼女は恥ずかしそうに6号のキャンバスを母に向けた。すると母親は「あらあ、綺麗な方ねぇ」と言った。項垂れて自分を指し「私が誰だかわかりますか?」と聞いた。

「知らないわ」と答えた母親が、「これ何とかしてよ」とお婆ちゃんを叱りつける。お婆ちゃんは「ハイハイ、今片付けるね」と言って叩き落としたゴキブリをティッシュで片付けた。

エッちゃんが「ありがとう気が済んだよ、もう大丈夫よ、台風くるから、もう帰って」と言うので、お邪魔しましたー、と言って帰ることにした。玄関で、ユリちゃんこれ、もらってくれない?と6号の貴婦人を渡された。うん、貰うよと言って玄関を出た。外は風が強くなりつつあり、高音の虎落笛と、折れ竹のぶつかりあう音で、カンカンコンコンピューっと猛烈な音に追い出される様に逃げ帰った。

心配かけてー!と叱られながら、お風呂と美味しい夕飯を済ませ、夜食用のお茶とおやつを持って部屋に戻り、習慣になっているノートパソコンを立ち上げた。あれっ エッちゃん家だ。竹林全体が大風に舞って、怒りに逆立つ髪の毛の様に見える。一昔前の風体の、痩せた男が蹴り出されている。「返して下さい、あれが無ければスイトンも作れません」玄関では恰幅の良い親父が「黙れ!こっちは商売で金貸してるんだ。利子をもらうのは当たり前だ。お前達も、あんな男を入れるんじゃ無いよ!お前達よりこの竹林の方がよっぽど用心の役に立つよ!お前とお前、首だよ、出て行きな」灯りが消え、超高音の虎落笛にまじって聞こえる ♪コガネムシーワ カネモチダーカネグラタテタ クラタテター♫ そのまま眠ってしまった。

どうやら台風も過ぎたらしい夜明け前、携帯がなったので慌てて出たら、京子だった。「ビックリだよー、エツコのお婆ちゃんとお母さんが台風の最中に竹林の井戸に落ちて、2人とも亡くなったって、PTA会長の母が連絡を受けて出かけていったけど、さっき電話があって、エッちゃんは手首の捻挫だけで大丈夫だって、

私達がエッちゃんに会えたのは、葬式が済んで1週間が経った頃だった。さようならを言いに学校に来たんだ。エッちゃんは何だかスッキリ、晴れやかになっていた。お父さんは葬式の準備中から大騒ぎだったらしい、家中を探し回り、蔵も、4つの井戸までも探して、膨大な書き付けの山ばかりが出て来て、がっかりしたらしい、エッちゃんはネットで調べて、大阪の寮のある高校の編入試験を受けて合格した。成績良いもんねえ!後見人は、なんと京子のご両親だって、良かったねえ 長い休みの時は遊びに来るっていうし、荷物を全部送って、大阪へ行くエツコをホームで見送った。今度会う時は、大阪弁なんやろか? アハハ そやね、京子がポツリと、エッちゃんね、なるべくお父さんから遠くが良いって言ったんだよ、

そういえば、お父さん見送り来なかったね、あの調子じゃ竹林丸ごとほじくり返すんじゃね、知らんけど! アッ上手いその言い回し!

おしまい

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