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異形者達の備忘録-27

スクランブル交差点

あと5年 生きてなくても、その5年 共に生きる人になりたいと、先生はそう言って教壇を去りました。

私はユリ、女子高生です。先週、ワンゲル部顧問、吉田冴子先生が退職されました。お別れ会も、さよならする時間さえも無かったです。先生はすでに、チベットに居ます。

登山家の婚約者がチベットで遭難され、救助されたが重症で、意識があるのも数日らしい、ワンゲル部の新しい顧問、岩崎先生から聞けたのはそれだけでした。

私たちの部活は、休止状態となり、時だけが流れて行っていました。

その日も、クラブに顔だけ出して早々に、家に帰りました。部屋でぼーっとしてたら、お母さんが、「ユリちゃーん、カフェラテ入れたよー」と呼ぶので、リビングに行って一緒に飲んでいたら、父さんが、本店から届いたお菓子を持ってきた。熱いほうじ茶を入れ直してくれて、話し出した。

ユリちゃん、今日は不思議なお話を聞いてほしい、時間と記憶は止まること無く流れて行くものだけど、過ぎて行く日常を、細かく切り取って見ると、とっても不思議な非日常が必ず見えてくるのさ、そんなお話だよ

父さん達は、この先の駅前で和菓子屋さんをしていた。店の前には、線路に並行に走る大通りがあり、駅正面の大きな神社へ続く同じぐらい大きな通りと十字路になっていて、店はその角にあったのさ、

あれは神社の桜も満開で、お花見、入学式と賑わっていた午後だ。ギギー ドーン! 激しい音に通りを見ると、交通事故でした。驚いて様子を見に行くと、母親が斜め向かいの角側に倒れていて、こちらの歩道側に制服の新1年生らしい小さな男の子が倒れていたんだ。母さんに、救急車と警察に電話して! と言って、子供に駆け寄った。うつ伏せになった子供の下から、鮮血が道路に広がって行く、「おい! オオイ!〜しっかりしろ」と屈み込んで大きな声をかけた。子供が弱々しく「ママ、ママー、」と言って起き上がろうとしている。明らかに骨折しているのにだ。10人ぐらいが集まって、しっかりしろ! 良い子だから動くな! すぐ助けてやる!と声をかけ続けていると、救急車が来ました。

救急隊員のテキパキとした対応に安心し、斜め向かいの角からも別の救急車が同じ方向に走り去ったので、ああ、お母さんの方も病院に行ったんだ。良かった。と、ホッとして腰が抜けた。大丈夫ですかと、手を差し伸べた警察の人に事故の調書を取られ、2時間ほどでやっと店に帰った。

その夜のニュースで、母子共に亡くなってしまったことを知った。とても残念だったけれど、そのまま数日が過ぎ、桜もすっかり緑になった。

その頃から、毎日の様に事故が起きる様になった。そう、あの事故現場で、当然周囲はざわついたよ、町内の有志が寄ってたかって、小さなお地蔵様を立て、偉い僧侶を頼み、大々的に、交通遮断までして、御供養を行った。俺達も参加した。

そしてね、その夜からなんだよ、俺は小さな男の子の夢を見る様になった。あの子だった。「ママ、ママ何処?」彼はそう言って、ズーッと泣くんだ。母さんの方も同時期に、夢を見ていた。でも出てくるのは母親の方だった。号泣しながら小さな息子を探しているのです。いつまでも探しているのです。2人とも三日連続でその夢を見て、お地蔵様の前で、あっちだよと言って来た。でも夢は続いたのです。俺たちがすっかり参ってしまった頃、市役所から一通のお知らせが回ってきた。店の前の十字路を調査した結果、非常に動線が複雑と言うことがわかり、○月○日交通を遮断して、スクランブル交差点に変更すると言うものだった。便利になるねと話していたら、それ以後、2人共あの夢を見なくなったんだよ、これは俺の私見だけど、道路を渡るときは必ず横断歩道を渡る!これがあの親子の鉄則だったんじゃないかな? それがあの世でも適応しちゃった、つまり通れる道として、横断歩道しか見えなかったんじゃないかな? だから彼等はそこを渡って出逢えたと思ったんだよ、「ねえ父さん、それからは事故起きてないの?」「ああ、起きてないんだよ」

父親は「ねえユリちゃん、冴子先生のことは心配だよね? でも心配も、祈りも今の先生には届かない、人の幸せは、いつでもその人が決めるんだ。自分で決めるんだよ、その人以外が何をしてもダメなのさ、」と言った。

「そっかー、私にできることなんて、何もないよね」と言うと、母親が「そんなことないよ、でも、今の様にワンゲル部が、消滅しちゃいそうな状況は先生が責任さえ感じてしまう、もし冴子先生が知ったら怒るよ! 楽しいワンゲル部を継続させることが先生にも必要だよ、冴子先生がいつか振り向いた時、途中で置いてきた、ワンゲル部が元気であったら、凄く喜ぶと思うけどな」と言った。

その夜、部屋に鶯餅と桜餅と玄米茶を運んでもらって、頬張りながら、パソコンで、初夏の山歩きを検索し始めた。

おしまい


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