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小説 弦月2

 私は水が嫌いだ。

 水を見るのも嫌だが、水の中に入るのはもっと嫌だ。水の中に入ると、全身を締め付けられるような途方もない圧迫感に襲われる。そのうちに皮膚は溶けていき、私と水との境界線は完全に解き放たれる。微生物へと分解されていく。やがて私は水の一部となり、日の光も月の光も届かない真っ暗な水の底を彷徨っている……。

 物心ついた頃から、私はこのような奇妙な感覚に悩まされた。何故こんなにも容易に想像ができるのだろうか。

 私、望月理佳(もちづきりか)は今年で30歳になるが、この奇妙な感覚のせいで、学生時代は心の底からプールが嫌いだった。私は水を憎み、プールを憎み、果ては夏が訪れることすら憎んだ。小中学校の計9年間、私は泳ぐどころかプールに入ることすら出来なかった。

 両親に聞く限り、子供の頃に溺れたこともないはずなのに、何故私はこんな妄想をしてはひとり怯えているのだろう。水そのものよりも、自分の体が自分のものではなくなってしまう感覚が一番怖かった。

 しかし年齢を重ねるにつれて、その悩みもなくなっていった。私が進学した高校にはそもそもプールがなかったのだ。もちろん大学も水泳など必要なかった。水に対する恐怖感を克服出来ないまま私は大人になったが、もうプールなんて行く機会はないし、海も川も行きたくなければ行かなくて済むので、少しずつではあるが水に対する恐怖感は薄らいでいった。

 同い年の夫、浩とは結婚して5年になる。共通の友人を通して知り合い、出会って1年で結婚した。台風がやってきて過ぎ去るような、あっという間の出来事だった。夫婦仲は特別良くもなければ悪くもない。ここ一年ばかり、口喧嘩をすることもなくなった。ほとんど会話がないからだ。

 かつてはわかり会えると信じてお互いの意見を全身でぶつけ合ったこともあった。けれどもそのやりとりを続けるうちに、互いに少しずつ気づいたことがあった。そしてそれは次第に確信へと変わっていった。わかりあえると信じて続けたやりとりの末、わかったのは結局私と浩はわかり合えないという事実だった。

 多分、私と浩だけに限らず、多かれ少なかれ夫婦とはそういうものを抱えているのだろう。そもそも男と女は脳の作りが違うので、永遠にわかり合えないものらしい。だとするならば、どこかで心の折り合いを付けて、理解しあえないものだと割り切って付き合った方が遥かに気持ちが楽だろう。私はいつしか浩に期待する事を忘れ、自分の本心を伝える事を忘れ、ついには愛というものが何なのかすら忘れてしまった。

 結局私は自分の心を守るために、全てを諦めるよりほかなかったのだ。そして、諦めることによって得られた心の平穏は他の何ものにもかえがたいものがあった。

 付き合い始めた時は、浩がいつも自分のそばにいないとひどく頼りない気持ちになったものだ。そして好きになればなるほど、自分だけを見ていて欲しくなり、ほんの少しのすれ違いが許せなくなったりした。彼の事を全て知りたいと思う征服欲と、誰にも渡したくないという支配欲が私の心の中で混ざり合い、私は彼に身を焦がして気が狂いそうになった。落っこちたら死んでしまうような情熱の淵に常に立たされているような気持ちがした。今思えば、若かったのだろう。

 浩は自動車のディーラーで営業をしていて、残業が多く、一緒に夕食をとることは少なかった。休みの日にも彼の携帯にはしょっちゅう仕事の電話がかかってきた。営業とは本当に大変な仕事なのだなと気の毒に思うほどであった。一方私は地元の小さな食品会社で事務のパートをしていた。会社には女性が少なく、困った事があると男性の同僚がすぐに解決してくれたので、責任のある仕事とは言い難かった。我ながらずいぶん恵まれているなと思っていた。

 ある3月の金曜日の夜、浩は仕事から帰ってくるなり突然告白した。時刻は21時を過ぎていた。

「理佳、話がある」
 浩は帰ってきたままのスーツ姿で私に声をかけた。浩のただならぬ雰囲気に、これからきっと嫌なことが起こるいうはっきりとした予感があった。

「ごめん、他に好きな女が出来た。別れて欲しい。離婚して欲しい」と彼は言った。

 今言わなければ永遠に言えなくなってしまうという気迫が彼の全身から漲っていた。

「俺は出ていくから、お前はここに住んでもいいし、引っ越したっていい。慰謝料だって払う。離婚届も手続きも俺が全部やるよ。新しくアパートを借りるなら費用も出す。何でもやるよ、もうこうするしかないんだ、本当に申し訳ないと思ってる」
 浩は立ち尽くしたまま一方的に喋り続けた。そのあと力が抜けたようにとても長い息を吐いた。私はリビングのソファに座り浩の訴えを呆然と聞いていた。私は部屋着のジャージ姿で雑誌を読んでいたのだ。

 浩は、私でもなく部屋でもなく、目の前の透明な空気をただじっと見つめているように思えた。沈黙のなか、カチッカチッと壁掛け時計の秒針の音だけが不自然にリビングに響いていた。なんだかそれがとても奇妙で滑稽に思えた。ああ、そうか、私と浩の時間がたった今止まってしまったからだ……。私は時計の針が規則正しく動くのを見つめながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「彼女は俺の子供を妊娠してるんだ」

 その言葉を聞くと同時に、私は本当に何も聞こえなくなった。ただ自分の心臓の拍動だけが自分の中に響いていた。まるで水の中にいるような感覚がして息苦しくなった。きっとここは水の底なのだ。

「それなら仕方がないね」
 私は必死に呼吸を整えながら、やっとの思いでそう答えた。口の中がからからに乾いて、どうしてもそれ以上の言葉が出てこなかった。だって本当に仕方がないことなのだ。

 多分、私の気持ちのほうが先に終わっていたのだろう。

 こんな話をしたばかりなのに、私はキッチンに立ちスパゲティを茹で、冷蔵庫にあったもので二人分のナポリタンを作った。食欲もないのに何故そんな事をしたのか自分でもわからない。そしてそれをダイニングテーブルへ運び、無言のまま二人で向かい合って食べた。スパゲティはひどくざらざらしていて何も味がしなかった。私の舌がおかしくなってしまったのか、それとも味付けを失敗したのか、もう誰にもわからなかった。

 そのあと熱いシャワーを浴びて、寝室へ行き、ダブルサイズの布団に横になった。浩が電気を消して布団に入ってきた。こんな状況なのに、何故今まで通り一緒にご飯を食べて一緒に寝ているのだろう。明日になったら、この男は私を置いて他の女のところに行くのに。そしてこの男の心はすでにここにはなくて、その女のところにあるはずなのに。

 沈黙が続くなか、浩が啜り泣いている声が聞こえた。

「ごめん…本当にごめん。許してくれ。許してくれ」

 私は黙って彼のすすり泣きを聞いていた。浩は私に一体なんと言って欲しいのだろう。私が許すと言えば、彼は少しでも楽な気持ちになれるのだろうか。それとも責めて欲しいのだろうか。わからない。もう今さら彼の気持ちなんて私には理解出来るはずもない。

「別にいいよ。赤ちゃんに罪はないし。相手が誰だか知らないけど、その人に一生憎まれるのはごめんだし。相手のこともききたくない。好きにすればいいよ。出て行けばいいよ」と私は言った。
 さらに長い沈黙が流れた。浩は私に背中をむけたまま、小声でありがとうとつぶやいた。

 私は本当にこの男を愛していたのだろうか。浮気されて「仕方ないね」なんて答える妻がいるものだろうか。普通は泣きながら罵詈雑言を浴びせるものではないだろうか。あるいは相手の女を殺したいほど恨み憎むものではないだろうか。でもそれらをやってみたところで自分が虚しくなるだけだとわかっていたから、涙すら出なかった。いずれにせよこの男はその女を選ぶだろうから。
 彼も私と同じように、満たされない何かを抱えていたのだろうか。でも私と一緒にいたところで結局はなんの慰めも得られないという事に気がついたのだろう。きっと、私から得られない何かをその女からは見出す事が出来たのだ。至極単純な話だ。

 そして私はほかの男に恋をしていたので、こんなにも冷静でいられたのだろう。浩の告白は、私の道徳的な負い目と胸苦しさを相殺するには十分すぎるものだった。

 翌日の土曜日、浩は簡単に荷物をまとめてスーツケースひとつを持って出ていった。またあとで少しずつ荷物を運ぶと言っていた。相手の女とこの近くに住むのだろうか。なんせお腹の赤ちゃんはどんどん大きくなるのだから、急いで出ていかなくてはならないのだろうと思った。

 私達は1LDKの築20年程の賃貸マンションに住んでいた。2階の角部屋だ。地方都市なのでそれほど家賃も高くはない。日当たりが良く、私はこの部屋をとても気に入っていた。

 私はその週末、家中の掃除をしていらないものを全て処分した。着なくなった自分の服や使わないバッグ、アクセサリーも全て処分した。それらはゴミ袋10袋にも及んだ。家の物を処分しても涙は出なかった。天気が良くて春の風が心地よく、むしろせいせいするくらいだった。
 翌週の週末、浩とともに、隣の県に住む彼の両親がマンションにやってきた。浩の両親はこの世の果てを歩き続けてきたような疲れた表情を浮かべていた。四人でダイニングテーブルに座って話をした。浩の父親も母親も、泣きながら私に謝罪した。浩も泣いていた。その光景は色彩を欠いていて、まるで退屈な白黒映画を眺めているように思えた。慰謝料とでも言うべきなのか、浩の両親がわずかではあるが私の口座にお金を振り込んでくれるとのことだった。

「私のことは気にしなくていいので、生まれてくる赤ちゃんを大切にしてください」と私は言った。

 その言葉を聞くと、浩の母親はより一層声を放って泣き、テーブルに突っ伏して私に礼を言った。その光景も、私は他人事のようにただぼんやりと眺めていた。もう何もかもがどうでも良かった。皆好きなところに住んで好きに生きればいい。私にはもう関係ない。

 子供もいないので、役所へ書類を提出するだけの本当に簡単でシンプルな離婚だった。私は旧姓に戻り齋藤理佳(さいとうりか)になった。結局、私はそのマンションにひとりで住むことにした。

 職場の人に離婚を報告することがとても億劫だった。それに加えて、名字が変わることによる事務手続きが重く私にのしかかった。免許証やパスポート、保険、銀行、各種カード……。何もかも全てが億劫で私を憂鬱な気分にさせた。旧姓の名前を書くたびに、あるいはパソコンで入力するたびに、離婚という事実がより一層現実味を帯びて自分を追い詰めた。私はそれに疲れ果てて、何も考えられなくなってしまった。自分の体の動きに心がついていけなくて、空っぽな魂をひっぱって歩いているようだった。そんな状態だったから、とても引っ越しまで考えが及ばなかったのだ。

 これからはひとりで生きて行かなくてはならないと考え、私は転職を決めた。



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