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小説 弦月3

 私はある紡績工場で女工として働く事になりました。そこには、私と同じように売られるようにして田舎から出てきた娘がたくさんおりました。私よりも幼い少女もおりました。

 毎日毎日朝から晩まで働きました。連日の長時間に及ぶ労働に体を壊すものもおりました。肺病を患って亡くなるものもおりました。私は家にいたときから朝から晩まで働いておりましたし、ここにいれば食事に困ることはありません。ですから真面目に働きさえすればいつかは報われると信じて、ただひたすら懸命に働きました。

 辛いときは、幸せな未来を想像しました。悲しくて悔しくて涙が溢れそうなときには、幸せなふりをしようと心に誓いました。

 奉公に出て二年経ったある冬の日、私は仕事中に監視員の男に声を掛けられて別室に連れていかれました。全身から冷汗が吹き出て、震えが止まりませんでした。私はその男が以前から私を何か特別な目で見ている事に気づいておりました。男は私を手籠にしようとしたのでしょう。私はとっさに男の手に噛みつき、着の身着のままでその工場を走って逃げ出しました。走って走って走って、辿り着いたところは、山の麓の町のようでした。

 読み書きが出来ない私はそこがどこなのかわからず、大変心細く思いました。たとえ家に帰れたとしても、年季が残っている私は工場に連れ戻され激しい折檻を受けるでしょう。

 私はどうすれば良かったのでございましょう。辺りは暗くなり、雪が降り始めました。街灯の明かりだけを頼りに、私はのろのろと町中を歩きました。やがて手足の感覚はなくなり、両足も動かなくなりました。そしてついには地面に倒れ込んでしまいました。もうすでに私の心臓は臓腑に血液を満たすことすら出来なくなっていると感じました。
 このまま独りぼっちで凍え死ぬのだと思うとたまらなく惨めで、はらはらと涙が落ちました。体は冷え切っているのに、どうして涙はこんなに熱いのだろうと不思議に思いました。

 私は全てに絶望し、死を覚悟しました。街灯の下に倒れ込んだまま、そっと目を閉じました。せめて死ぬ前に、楽しい来世を想像しようと思ったのです。瞼の裏に、故郷の田舎の風景が浮かびあがりました。

 その時に、たまたま通りがかり私を保護して下さったのがあの方でした。



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