引退

毎日、毎日、同じ事を繰り返して
生きているような気もするが
実際は、小さな変化が重なって
日々、形を変えている。

1年経った去年の今頃を思い出してみると、
あれを捨てた、あれを買った
あれを新しく始めた
あれを辞めた等
意外と色々変わっている。

部屋にあるものも微妙に変わり
景色もちがったものになる。
体も、モノも歳をとる。
実際は、昨日と同じものなんて何一つない。

長い間、楽しんできた趣味を引退すると
夫が言った時
やはり結構寂しかった。

それは、夫の病気の事もあったりで、
関連付けてしまうせいもあるだろう。
本人が、そう考えて決めた事だと思うのも
また、とっても寂しいのだった。
部屋の景色も、大きく変わる。
夫の好きな物が無くなるわけだ。

音も立てずひっそりと、流木に隠れてた
小さな魚たち。
全体像が見える事はあまりないので、
何尾、水槽にいるのかすら分からない。
夫が居ない時には
水換えをして、餌をあげて
私なりに愛情を感じていた。

夫は、あの小魚たちを飼うのを辞めることを
引退と言う。
色んな意味で引退なのだろう。
とりあえず、魚は引退だ。
うちにはまだやたら元気な亀が居るので
その子を、ますます愛でようと思う。

先の事等分からないので、
今出来る事を見つけて、行動するのは
良い事だし、そうすべきだと思う。

人って、無くなるものが惜しくなる。
私は変化が好きなタチだが
気に入っていたものが無くなる事には
痛みを感じる。
欲張りだなと思う。

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