幻戯書房編集部

私たちは、「本の力」を信じて、芸術的な本づくりという理念で、出版文化の基本に徹した刊行…

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私たちは、「本の力」を信じて、芸術的な本づくりという理念で、出版文化の基本に徹した刊行を目指します。こちらでは、幻戯書房の書籍に関する情報をお知らせします。試し読みやキャンペーンなど。公式サイトはhttp://www.genki-shobou.co.jp/

最近の記事

ドヴィド・ベルゲルソン/デル・ニステル『二匹のけだもの/なけなしの財産 他五篇』訳者解説(text by 田中壮泰 and 赤尾光春)

イディッシュ語の成立過程  ローマ帝国時代にパレスチナの地(当時はローマ帝国のユダヤ属州)を追われ、ヨーロッパを中心に世界各地に離散したユダヤ人たちは、行く先々で土地の口語を取り入れていった。そして、それらの言語に、彼らがもともと使っていたヘブライ語やアラム語の要素が混ざり合うことで、ユダヤ・ギリシャ語やユダヤ・フランス語といった様々な混成言語が生まれた。そのほとんどは時が経つにつれて土地の言語に吸収され、消滅することになるが、現在まで生き延びたものもあり、その一つがイディ

    • 新井高子『おしらこさま綺聞』刊行に寄せて――「詩集『おしらこさま綺聞』のみちゆき」公開

      新井高子「『おしらこさま綺聞』のみちゆき」  このたび、第四詩集『おしらこさま綺聞』を幻戯書房より上梓しました。   この本は、ちょっとふしぎなことばで綴られています。全篇、東北弁やら北関東弁やらを思わせるような声のかたまりなのです。かねてより、わたしは、いわゆる「日本語」という近代言語の外側にある文体や声に興味をもち、そのリズムや抑揚、制度では捉えられない事象を、土地ことば的なセンスで掘り下げられないかと探ってきました。  いちばん最初に書いた詩は、長篇詩「足だぢ」でした。

      • ラウパッハ、シュピンドラー 他『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』訳者解題(text by 森口大地)

        2024年1月29日、幻戯書房は海外古典文学の翻訳シリーズ「ルリユール叢書」の第38回配本として、ラウパッハ、シュピンドラー 他『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』を刊行いたしました。1819年、イギリスの小説家ジョン・ポリドリが短編小説として『ヴァンパイア』を発表。この作品が話題となります。そのブームのさなか、1820~30年代にかけてドイツでもヴァンパイア文学が発表されました。本書は、ラウパッハ『死者を起こすなかれ』、シュピンドラー『ヴァンパイアの花嫁』他五作を集めた、怪

        • クロード・シモン『ガリバー』訳者解説(text by 芳川泰久)

          「デペイズマン」あるいは居場所のなさ  本書のタイトルは明らかに、アイルランドの風刺作家ジョナサン・スウィフトの四篇からなる通称『ガリバー旅行記』に由来するが、両者に共有されているのは、わかりやすく言えば、旅である。ただし一方は文字通り移動する旅であり、もう一方は動かない旅であって、それをひとことでくくれば、「デペイズマン」dépaysementということになるだろうか。「デペイズマン」とは、場所や環境の変化、それにともなう居心地の悪さ、違和感、さらには異国へ移すこと、追放

        ドヴィド・ベルゲルソン/デル・ニステル『二匹のけだもの/なけなしの財産 他五篇』訳者解説(text by 田中壮泰 and 赤尾光春)

          ルイ゠フェルディナン・セリーヌ『戦争』訳者解題(text by 森澤友一朗)

          戦争万歳──セリーヌ概観  なにはさておき、戦争万歳、である。大摑みな類型の分類にかかれば一括りに反戦文学と目されかねぬ、しかも本人も1930年代の来るべき戦争を前にしての焦燥感のなかで筆を握ったこの草稿の末尾に書きつけられる文言がよりにもよって、戦争万歳、である。これは決して呑気なアイロニーの類ではなく、事実、本作以後、彼は爆撃をはじめとした戦争の暴威を前に、逆にそれらと一体化してゆくことで、唯一無二の文体を作り上げてゆくだろう。この反転性、反発していた対象への生成変化を

          ルイ゠フェルディナン・セリーヌ『戦争』訳者解題(text by 森澤友一朗)

          ラーザ・ラザーレヴィチ『ドイツの歌姫 他五篇』訳者解説(text by 栗原成郎)

          2023年10月24日、幻戯書房は海外古典文学の翻訳シリーズ「ルリユール叢書」の第35回配本として、ラーザ・ラザーレヴィチ『ドイツの歌姫 他五篇』を刊行いたします。ラーザ・ラザーレヴィチ(Лаза К. Лазаревић[Laza K. Lazarević] 1851–91)はセルビアの医師、作家です。ベオグラード大学法学部を卒業したラザーレヴィチは、国費留学生としてベルリン大学医学部に留学します。帰国後は医師として働き、新興国家セルビアの医学の発達に多大の貢献をしたのです

          ラーザ・ラザーレヴィチ『ドイツの歌姫 他五篇』訳者解説(text by 栗原成郎)

          ガブリエル・マルセル『稜線の路』訳者解説(text by 古川正樹)

          マルセルの悲劇的作品は人間の現実を証言している  この戯曲を訳し読み、私は、証するとは、いわゆる恩寵の証のみを意味するのではではない、と思うようになった。人間の現実を証言することも既に、可能的恩寵の証の前提としての、ひとつの証なのである。この現実の証言がなければ、恩寵の証そのものが真実性を欠くものとなるだろうからである。  とくにこの作品、『稜線の路』は、いまの世に相応しい戯曲だと私は思うようになった。この戯曲は、いまの世のなかそのものだ。吐き気のするような秩序転倒の、い

          ガブリエル・マルセル『稜線の路』訳者解説(text by 古川正樹)

          フリードリヒ・シラー『シラー戯曲傑作選 ドン・カルロス スペインの王子』訳者解題(text by 青木敦子)

          戯曲『ドン・カルロス』  シラーの戯曲『ドン・カルロス』は、ヴェルディのオペラ《ドン・カルロ》によって比較的知られた作品である。ランケの伝記『ドン・カルロス』でその名をご存じの読者もいるだろう。  時代はスペイン黄金期の十六世紀。舞台は、ネーデルランドでの独立運動が盛んになるなかのフェリペ二世の宮廷。主人公カルロスの父フェリペ二世は、その父である神聖ローマ帝国皇帝カール五世から「日の沈まぬ帝国」を受け継ぎ、カトリックによる強大なスペイン黄金期を築いたハプスブルク家の王で、日

          フリードリヒ・シラー『シラー戯曲傑作選 ドン・カルロス スペインの王子』訳者解題(text by 青木敦子)

          フリードリヒ・シラー『シラー戯曲傑作選 メアリー・ステュアート』訳者解題(text by 津﨑正行)

          『メアリー・ステュアート』の成立と初演  シラーはかねてより、十六世紀に実在したスコットランド女王メアリーをめぐる歴史に興味を示していたが、それに取材した作品との取り組みを開始したのは、『ヴァレンシュタイン』三部作が完成し、その初演が行なわれる前後の時期、1799年4月ごろのことである。前作の場合と同様に、作品の執筆は、最初から順調に進んだわけではない。「『メアリー・ステュアート』につきましては、おいでいただくころには、まだひとつの幕しか完成していないでしょう。この幕を書く

          フリードリヒ・シラー『シラー戯曲傑作選 メアリー・ステュアート』訳者解題(text by 津﨑正行)

          ギ・ド・モーパッサン『モン゠オリオル』訳者解題

           2023年7月24日、幻戯書房は海外古典文学の翻訳シリーズ「ルリユール叢書」の第32回配本として、ギ・ド・モーパッサン『モン゠オリオル』を刊行いたしました。ギ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant 1850–93)は ノルマンディー生まれのフランスの小説家。『オルラ』『手』『首かざり』などの数多くの短編や時評(クロニック)、『女の一生』『ベラミ』などのシニカルな作風の小説を執筆するなど、短編小説の名手として知られています。1880年、ゾラたちと発表した『メダ

          ギ・ド・モーパッサン『モン゠オリオル』訳者解題

          エレナ・ポニアトウスカ『乾杯、神さま』訳者解題

           2023年7月24日、幻戯書房は海外古典文学の翻訳シリーズ「ルリユール叢書」の第32回配本として、エレナ・ポニアトウスカ『乾杯、神さま』を刊行いたしました。エレナ・ポニアトウスカ(Elena Poniatowska 1932–)は ジャーナリスト、小説家。パリに生まれ、1942年にメキシコへ移住。1978年、女性で初めて全国ジャーナリズム賞を受賞。本書『乾杯、神さま』とあわせて、『トラテロルコの夜』『ティニシマ』『レオノーラ』など、数々の作品が文学賞に輝きました。文学創作

          エレナ・ポニアトウスカ『乾杯、神さま』訳者解題

          アルフレッド・ジャリ『昼と夜 絶対の愛』訳者解題

           2023年6月26日、幻戯書房は海外古典文学の翻訳シリーズ「ルリユール叢書」の第31回配本として、アルフレッド・ジャリ『昼と夜 絶対の愛』を刊行いたしました。アルフレッド・ジャリ(Alfred Jarry 1873–1907)は フランスの詩人・劇作家・小説家。ロワール地方の町ラヴァルにて生まれる。ブルターニュ地方の町で幼少期を過ごし、大学受験のためパリへ上京しますが失敗。象徴主義の作家たちに出会い、以降、文学の道に傾倒していきます。マラルメのサロンや、デカダン系作家ラシル

          アルフレッド・ジャリ『昼と夜 絶対の愛』訳者解題

          ジュール・ヴェルヌ『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険 [上・下]』訳者解題

          『シャーンドル・マーチャーシュ』成立の経緯  ここからは、主にヴェルヌと編集者エッツェル(Pierre-Jules Hetzel 1814‐86)のあいだで交わされた書簡のやりとりを参照しつつ[★03]、『シャーンドル』成立の経緯を見ていこう。  地中海を舞台とする作品を書こうという構想がいつ頃からヴェルヌの頭の中に胚胎されたのか、正確なところは分からない。が、その萌芽のようなものはすでに1882年1月9日付のエッツェル宛書簡の中に見出される。まだ納得のいく筋立てができて

          ジュール・ヴェルヌ『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険 [上・下]』訳者解題

          トマス・ハーディ『恋の霊 ある気質の描写』訳者解題

          当時の出版業界とハーディの対立  ハーディの作品といえば、発表当時に酷評されたのち文学史に残る名作として認められた『ダーバヴィル家のテス』を挙げる人が多いだろう。本作『恋の霊』の執筆が、『テス』の連載を終えて単行本化に向けて推敲を重ねていた時期と重なっていることは、本作品を一層興味深いものにしている。これらにまつわる一連の出来事を見ると、当時の出版業界が小説の作者にかける制約のなかで、ハーディがいかに時代を先取りしていたかが分かるからである。  『伝記』によると、1889

          トマス・ハーディ『恋の霊 ある気質の描写』訳者解題

          ヴァレリー・ラルボー『聖ヒエロニュムスの加護のもとに』訳者解題

          『聖ヒエロニュムスの加護のもとに』について  本書はヴァレリー・ラルボーの評論集『聖ヒエロニュムスの加護のもとに』の全訳であり、日本語による完訳としては本書が最初のものとなる。底本はパリのガリマール社から一九四六年に出版された初版(Sous l’invocation de saint Jérôme)を用い、同じくガリマール社から一九五三年に刊行された『ヴァレリー・ラルボー全集 Œuvres complètes de Valery Larbaud』の第八巻(Sous l’in

          ヴァレリー・ラルボー『聖ヒエロニュムスの加護のもとに』訳者解題

          ハーマン・メルヴィル『ピェール 黙示録よりも深く[上・下]』訳者解題

          初めに  およそ100年ほど前の1930年に『ニューイングランド・クォータリー』誌に載った『ピェール』の深い謎を追求する論文で、研究者E・L・グラント・ワトソンは、『白鯨』を差し置いて、「メルヴィル文学の中心は『ピェール』であり、もしメルヴィルを理解しようとするなら、他の全ての作品を理解する前にこの作品を理解せねばならない」と明快に断言したことがある。その表現は、メルヴィル再評価の直後であったためか、いくらか誇張気味に聞こえたかもしれない。しかしその30年後、ヘンドリックス

          ハーマン・メルヴィル『ピェール 黙示録よりも深く[上・下]』訳者解題