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妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑧捌)" 沢庵と十兵衛 "

この『斬妖丸ざんようまる』の震え…
さては由井ゆいめが『妖滅丸ようめつまる』を使いおったか…

柳生十兵衛やぎゅうじゅうべえが危ない…

行くぞ『斬妖丸ざんようまる』!
拙者は十兵衛を死なせたくは無い…

あの男は拙者の友だ!
むざむざと由井ゆいに殺させはせぬ…


********


和尚おしょうっ! 沢庵和尚たくあんおしょうっ!
おられるかあっ!

十兵衛三厳みつよしにござる!
火急の要件にてまかり越し申した!


********


何じゃ…
やかましいのう、お主は…
この沢庵、年は取ったが耳は耄碌もうろくしとらんわい
ちゃんと聞こえておると言うに…

十兵衛、いかが致したのじゃ…?
お主にしては珍しく血相など変えおって…
何事じゃ?
柳生十兵衛三厳ともあろう者が…
狼狽うろたえるでないっ!

落ち着いて話さぬか!


********


ここだな…
江戸柳生家下屋敷は…

正面から入るのは話がややこしくなる
ここは失礼致す!
はっ!

拙者は塀を飛び越え敷地内に入った
十兵衛は沢庵和尚が滞在されておるのは
検束庵けんそくあん』と名付けし屋敷内の一室と申しておった

沢庵どのの元へ十兵衛が参っておるはずじゃ
斬妖丸ざんようまる』よ、十兵衛の気配を探れ

魔剣『斬妖丸』が刀身を震わせて拙者に方向を示す…

ふむ、十兵衛はここか…


********


何奴じゃっ!
そこにひそみしはっ⁉
さては敵方の間者かんじゃかっ!
ここにるのを柳生十兵衛と知っての狼藉ろうぜきか!


********


「ビシッ!」

突然に部屋の中から障子しょうじに穴を穿うがって小柄こづかが飛んで来た
十兵衛の投げし小柄であろう
実に正確に眉間みけんに達しようかという寸前で
拙者は素早く身をかわしながら右手で小柄を受け止めた
これが余人であれば確実に命を絶たれておる所だ…
さすがは柳生十兵衛、容赦ようしゃ無しか…

「おおっ! 誰かと思えば『青龍せいりゅう』どのではないか…?
やはり貴公も和尚おしょうの元へ参ったか
してみれば、気が変わられたのかな?」

出て来た十兵衛が拙者の顔を驚きながらも
嬉しそうに見つめている
だが、十兵衛の顔にかげりとなげきの色があるのを
拙者は見逃さなかった
拙者と別れた後、柳生に何かあったか…?

「和尚!
今、俺が話していた『青龍せいりゅう』どのが参られた
上がってもらうぞ! よいな!
という訳だ… お上がりなされよ」

拙者は十兵衛の無事を確認すれば帰るつもりだったが
そうもいかなくなり
部屋に上がらざるを得なくなった

「失礼致す…」

拙者は座敷に上がり胡坐あぐらをかいて座る
懐かしい沢庵和尚との久しぶりの対面を果たした

「沢庵どの… お久しゅうございます
その節はお世話になりました…」

拙者は沢庵和尚の前に膝をそろえて深々と頭を下げた

「おお… 十兵衛の申した『青龍せいりゅう』とは
やはり其方そなたの事であったのじゃな…
其方と旅した道中は楽しかったわい
懐かしいのお… 青方あおかたどの
いや、青方 龍士郎あおかた りゅうしろうどのよ…」

沢庵和尚は拙者の名を正確に覚えておられた
あの頃より年をされたが、まだまだ壮健で
記憶も確かな御様子に拙者は安心致した

「そうか、貴公の名は青方 龍士郎あおかた りゅうしろうどのと申すのか…
それで『青龍せいりゅう』と名乗っていたのか
はっはっは! これは愉快じゃ!」
十兵衛が楽しそうに大声で笑った

「やかましいのお、十兵衛は…
ところで、青方あおかたどの…
その其方の魔剣…
確か『斬妖丸ざんようまる』と申したか…?
以前よりさらに妖力を増した様じゃな…
すさまじき魔剣に成長致しておる」

やはり沢庵和尚の眼力がんりきは確かなものであった
『斬妖丸』の真髄しんずいを見抜いていた

「はっ…
沢庵どのと別れてからも妖狩あやかしがりを続けておりましたゆえ…」

拙者は脇に置いた二本の愛刀の内
『斬妖丸』を見据みすえて言った

「さもありなん…
で、青方どのよ… 十兵衛の話では
その其方の魔剣と同じ力を持つ魔槍まそうを操る者が
幕府転覆を企んでおると言うが…
其方の魔剣がそうして存在する以上は
拙僧せっそうもその話を信じぬわけには参るまいて…
じゃが、その様なやからが幕府転覆を目論もくろんでいるとは
ちと厄介やっかいじゃのう…」

拙者は居ずまいを正して和尚に言った

「その通りです、沢庵どの…
拙者と由井 正雪ゆい しょうせつが妖の力で衝突すれば
下手をすると、この江戸が消滅しかねないので
拙者には手出しが出来ないのです…」

今度は十兵衛が真剣な顔で話し出す

「青方どの… 由井ゆいは今日手に入れた妖の力を
早速さっそくに使いおったらしい
俺の放った柳生の忍びが四人…『野衾のぶすま』に焼き殺された
いずれも手練てだれの柳生家お庭番…
一人だけ生き残りし者の報告では
由井ゆいは『野衾』に乗って空を飛んだと
空からの火炎攻撃に
さしもの手練てだれの忍びどもも成すすべも無く…」

十兵衛はややうつむきながら苦しそうに話した
配下を四人も失い、身を切るようにつらいのであろう
この男にしては表情が暗いのは
それが原因であったか…

「とにかくじゃ…
その由井 正雪ゆい しょうせつとやらが持つ魔槍まそう
青方どのの『斬妖丸』の様に成長を続けおったら
手に負えなくなるわいのう…
ようやく基盤きばんが固まって来た江戸幕府を
由井ゆい目論見もくろみ通りに破壊させてはならぬ
拙僧はお亡くなりになられた天海大僧正てんかいだいそうじょうより
江戸の町と将軍家をたくされたでなあ…」

沢庵和尚がツルツルの頭をでながら天井を見上げた

「打てる手はただ一つ…
沢庵どのが魔槍まそう妖滅丸ようめつまる』を法力ほうりきにて封じ込める事のみ
さすれば、十兵衛殿が由井 正雪ゆい しょうせつを仕留められましょう」

拙者の進言に十兵衛が大きくうなずき、鼻息荒く言う

「もちろんだとも…
魔槍まそうさえ封じ込めれば
必ずや俺がこの手で由井ゆいを仕留めて見せる
由井ゆいの集めし浪人や反幕府の者どもは
幕府側にて必ずや鎮圧ちんあつ致す事が出来ようぞ」

沢庵和尚もずまいを正し
拙者と十兵衛の顔を交互に見つめて言った

「ふむ…
やって見るしかあるまいて…
拙僧と幕府お抱えの僧侶達の力を結集し
御仏みほとけのお力を借りて由井ゆい魔槍まそうを封じて
幕府転覆のくわだてを未然に阻止致し
必ずや、この江戸の町を救うのじゃ
十兵衛はすぐに
父上の宗矩むねのり殿に報告し、上様うえさまのお耳にもお伝え申せ」

十兵衛は沢庵和尚の顔を見て頷き、すぐに立ち上がった

「承知した! では御免ごめん!」

十兵衛はたたみに置いていた自分の刀をつかむや
沢庵和尚と拙者に大きく頷き、すぐさま部屋を後にした

「ふっ…
相変わらずあわただしいヤツじゃのう…」

沢庵和尚が十兵衛の出て行った方を見て苦笑しながら言った
だが、そのしわに囲まれた老僧の細めた目には
十兵衛に対する信頼と慈愛じあいの光が浮かんでいた…

「沢庵どのは十兵衛どのがお好きのようですな」
拙者は十兵衛に対する多少の羨望せんぼうを込めて沢庵和尚にたずねた

「そうじゃのう…
拙僧は十兵衛を小童こわっぱの頃より知っておる
あの者は真っぐで豪快ごうかいだが優しい所も有ってな…
もちろん、拙僧に子など無いが
彼奴あやつが可愛い自分の息子の様な気がしてのう…
あっ、今のは十兵衛には言うてくれるなよ
ヤツがつけ上がり、調子に乗るといかんでな
ほっほっほ…」

沢庵和尚の高笑いが『検束庵けんそくあん』の部屋中に響き渡った
拙者もつられて笑っていた

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