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妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑨玖)" 『柳の極意』と正雪と御前様… "

「さて…
十兵衛は行ったが… 龍士郎りゅうしろうどのよ
腹を割って話をしようかのう」

沢庵和尚たくあんおしょうが拙者の目を真っぐに見て
態度を改めた様に話し始めた
拙者の名の呼び方も変わっておった

「は…?」
拙者は怪訝けげん面持おももちであったであろう

其方そなたから見て由井 正雪ゆい しょうせつとの対決…
如何いかが見る? 正直に申してもらいたい
勝算ありきや?」

拙者も目の前の高僧に対し居ずまいを正して
真っ直ぐ沢庵和尚の目を見つめ返して答えた

「難しいかと…
由井 正雪ゆい しょうせつ魔槍まそう妖滅丸ようめつまる』に
如何いかほどの妖の力が封じられているのか
拙者は承知しておりませぬ…
確実に分かっておるのは彼奴あやつが今夜手に入れた
野衾のぶすま』のみ… 
他に由井ゆいがどの様な力を持つものか
拙者にも分からないのです
拙者の『斬妖丸ざんようまる』に封じられておる妖の力を
由井ゆいが承知していないのと同様でございますが…」

「つまり、互いに手の内が分からぬ… という訳じゃな」

沢庵和尚が拙者の一番痛い所を突いた

左様さようにございます…」

拙者の目から天井の方に目を向けて暫時ざんじ黙った後で
沢庵和尚が答える

「ふむ… で、あろうのう…
十兵衛の様な剣豪同士の対決であっても
同じ事が言えよう
相手の剣の流派が分かっておって
用いる技を全て承知しておったとしても、
相手が次に打ってくるのが如何いかなる太刀筋たちすじかは
剣に熟練した十兵衛であったとしても
直前になって対峙した相手の目の動きや
身体の筋肉の動きを見極めるまで分かりはせぬ…
そう言う事であろう…?」

御意ぎょい…」
沢庵和尚は剣の道など承知しておられぬはずなのに
やはり本質を見抜いておられる…

「なあに、剣も禅問答ぜんもんどうも同じじゃよ
相手が仕掛けてくる手など分かりはせぬ
ゆえに心を無にするのじゃ…
相手の手ばかり考えすぎてはおのれを見失うからの
そうなれば、いかに剣の達人とて勝てぬわいのう
いかなる相手の動きにも
無にした心で柔軟に対応すれば良いのじゃ
風に吹かれる柳の様にな…
柳の枝は如何いかなる大木のみきよりも強し」

「なるほど… 柳の様に…でございますか
深いお言葉…
龍士郎、胸にとどめおきます」

「十兵衛はあのように武骨に見えても
拙僧が昔教えたこの『柳の極意ごくい』を理解し
闘いにおいても実践しておる
その極意を身に付けて以降の彼奴あやつは無敵の剣豪となった
無論むろん、血気にはやった若い頃はけもした
彼奴あやつ隻眼せきがんもその名残なごりじゃ…
龍士郎どの、柳の極意…忘れまいぞ」

拙者は畳に両手をそろえて平伏へいふくした

「はっ、ゆめゆめ忘れは致しませぬ…」

「では、由井 正雪ゆい しょうせつ魔槍まそうは拙僧達仏門の者にまかすがよい
敵方の鎮圧ちんあつは十兵衛を含めた幕府方に任せなされ
龍士郎どのには手出し無用じゃ
これは人の力で何とかせねばならぬ…
そうでなければ其方の言う通り江戸は滅ぶじゃろう」

拙者は平伏していた身を元に戻した

「では…
沢庵どのには拙者には何も致すなとおおせられるか…?」

沢庵和尚は大きく頷いた

「そうじゃ
其方はよそ見する事なく自分の道を行くがよい…
何度も言う
これは人の争いじゃ…」

やはり…
沢庵どのは承知しておられたか…

拙者はもう一度深く平伏へいふくした


********


正雪しょうせつよ」

平伏するそれがし御前ごぜんが声を掛けられた

「ははっ!」

それがしひたいたたみり付けながら御前に対し返事をした

ここは紀州藩江戸屋敷の一室…
目の前に座るは現紀州藩主で大納言だいなごんの徳川頼宣よりのぶ公である

「例の計画、どうなっておる?」

御前がたずねてきた

「はっ! 私は新しく空を飛ぶ妖の力を
得ましてございます
これは目的達成の役立つものと思いまする」

御前は元より覇気はきに富んだ人柄ひとがらのお方
それがしの言葉に俄然がぜん興味を示されたらしい
腰を浮かしかけておられる様じゃ

「何っ? 鳥の様に空を飛べると申すか…?」

御意ぎょい…」
それがしは初めて顔を上げ
御前に向かってニヤリと笑って見せた

「それはすごい…」
御前は我が事のように喜んでおられる

わしも空を飛んでみたいものよ…
無論、将軍家をはいし天下をこの手に握る事が
目下もっかの儂の一番の夢じゃがな…」
御前がそれがしを見てニヤリと不敵な笑みを浮かべた

「そのために私がここにりまする
御前様ごぜんさまのために空を飛ぶ力も手に入れました
この『妖滅丸ようめつまる』さえあれば将軍家など恐るるに足らず…
御前様のために将軍の座、ささげて見せまする」
それがしは脇に置いた『妖滅丸ようめつまる』を指し示した

「よう申した、正雪しょうせつ
儂が天下を取ったあかつきには
従った浪人ども全てを家来として召し抱えよう
もちろん、正雪… 
そのほうには望むままの官位と
所領として一国をたまわる事を約束しよう」

それがしは御前の言葉にさらに平伏し
額をこすりつけながら答えた

「ははっ! 身に余るありがたきお言葉…
この由井 正雪ゆい しょうせつ
御前ごぜん様の御為おんためならば命もいといは致しませぬ」

御前は気を良くして右手に持つ扇子で
自分をパタパタとあおぎながらそれがしに言った

「よいよい…
後ほど、その方には
儂の念書を与えてつかわすので安心致すがよい
儂の本気のほどを見せてくれよう」

「ははあーっ!
ありがたき幸せに御座ございまする!」
それがしは平伏しながら御前に
喜びと感動に身を震わせている様に見せてやった

ふふふ…
御前はそれがしの話を聞いて上機嫌じゃ…
この徳川家の不遇ふぐうの殿様を旗頭はたがしらえてかつぎ出し
徳川の世をそれがしの思うがままに変えてみせようぞ

それまでは『青龍せいりゅう』だろうが柳生やぎゅうであろうが
決してそれがしの邪魔はさせぬ…

一国の所領と望むままの官位だと申したな…
ふふふ…
それがしが望むは、その様なちっぽけな物では無い
だが目の前におるこの徳川の怪男児と呼ばれた男…
徳川頼宜よりのぶは目的遂行すいこうのために利用させてもらう

見ておるがよいわ
将軍家を名乗りし徳川の者どもよ…

この由井 正雪ゆい しょうせつが…
いや、島原でキリシタンを扇動せんどうし幕府に対して
乱を起こしし際には天草四郎時貞あまくさしろうときさだと名乗りしそれがし

しかるにそれがしの真の姿は…
誰も知らぬが…
誰しも知っておる…

そのそれがし
この徳川の世を地獄に変えて見せよう程に…

ふふふふ…

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