おれはバケモノじゃない(多分)
元家族が家から出て行き、
おれはいま広い一軒家で、
ひとりで生活している。
家の中の片づけは、あらかた終わってしまった。
みんなが住んでいた痕跡は、もうほとんど残っていない。
しかしそれでもまだ多少は、
みんな(元家族)が住んでいた痕跡が点在している。
おれは元妻にお願いしたんだ。
できるだけ、モノは持って行ってくれ、と。
なぜそんなお願いをしたのか。
それはおれがゴミや置いて行かれるモノに感情移入してしまうからだ。
おれはすごく変な人だ。
だから普通の人が感情移入しないものに感情移入してしまう。
みんなが置いて行った歯ブラシ、調味料入れ、洗濯ばさみ、ハンガー、ふとん、昔のノート、教科書、タオル、バスタオル、せっけん、トイレのマット。
それらのモノを見ると、おれはなんか泣きそうになる。
「連れて行ってもらえなかったな」
「置いてかれちゃったな」
「連れてって欲しかったよな」
「置き去りなんてひどいよな」
おれはこんなふうに、心の中でモノに話しかける。
こうなるのがわかっていたから、おれは言ったんだ。
「できるだけモノは持って行ってくれ」って。
おまえも必要とされなかったんだな。
おまえも「どうでもいい」と思われたんだな。
いてもいなくてもいい、と。
むしろいなくてもいい、と。
おまえも大事にしてもらえなかったんだな。
おまえも無視されたんだな。
本当はずっと一緒にいたかったよな。
連れてってほしかったよな。
必要とされたかったよな。
頼って欲しかったし、役に立ちたかったよな。
それでも、
おまえは捨てられたんだ。
おれの中が、そんなつらい気持ちでいっぱいになる。
こいつらは、元家族に見放された。
でもおれは、こいつらを、
捨てないわけにはいかない。
だって、こいつらを見ているだけで、
おれはつらくなるんだもの。
モノにそんな気持ちはないかもしれない。
おれが勝手に頭の中で妄想しているだけかもしれない。
でも、おれはそうやって、
ありもしないモノの気持ちを考えてしまう。
想像してしまう。そして勝手につらくなってしまう。
置き去りにされた自分と、
置き去りにされたモノ。
重ね合わせてしまう。
悲しくなってしまう。
そんなものを、
置いとくわけにいかないんだ。
この、おれの、マイホームに。
おれはおまえらを、捨てる。
元家族に、みんなに置き去りにされてしまったかわいそうなおまえらを、
遠慮なく捨てる!
いや、
「かわいそう」だなんて、
そう思うおれが失礼だった。
同情なんていらないんだ。
「かわいそう、かわいそう」って。
なんだよ、それ。
なんなんだよ。
そうやって誰かがメソメソしてくれたら。
自分のために泣いてくれたら。
もしかしたら、一瞬だけ、
気持ちが満たされるかもしれない。
でもおれは、
いっしょう「かわいそうなおれ」でいるのはいやだ。
いつかはちゃんと立ち上がって、
自分のちからで前に歩いて行きたい。
あいつらだって同じだろ。
いつまでもおれが、あいつらを慰めてるわけにはいかないんだ。
かわいそうだね、かなしかったね、つらいよね、大変だったよね、ようし、おれといつまでもここにいよう、
そんなことして、あいつらが喜ぶと思わない。思えない。
だって、必要とされてもないのに、
じゃまだ、いらない、そんなふうに思われているのに、
「捨てるのがかわいそうだから」
たったそれだけの理由で、一緒にいたくないよ。
おれは「かわいそう」だなんて思われたくない。
じゃああいつらも同じだろ。
あいつらだって、同情なんかいらないんだ。
おれに必要なのは、
あいつらに必要なのは、
尊敬の気持ち。
そして尊厳。
もっと言えば、
「あなたはかわいそうな人なんかじゃない」
「あなたはそのままで十分だ」
「あなたはどんなときでも堂々としていればいい」
そんな言葉なんだよ。
おれが欲しいのは。
あいつらがほしいのは。
人類が、神が、ありとあらゆるものが、
心の底から、本当に本当に求めているものって、
それなんだよ。
あなたはなにも恥じることはない。
あなたはかわいそうな人じゃない。
あなたは必ずこの困難を乗り越えていく。
わたしはそれを知っているからね。
おれは、そんな言葉が欲しい。
きっとみんなも、そんな言葉を待っている。
あなたも。
だからおれは、あいつらに、ゴミに、
そんな言葉をかけてあげよう。
ありがとう、
おつかれさま。
ここにいてくれて、ありがとう。
きっとまたかたちをかえて、
どこかであおうね。
ありがとう。
だいすきだよ。
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