見出し画像

みんぱく特別展 Homō loquēns 「しゃべるヒト」 レビュー

2022年9月1日から11月23日まで国立民族学博物館(みんぱく)で特別展示「Homō loquēns しゃべるヒト ~ことばの不思議を科学する~」が開催中です。私も今週ようやく行けたのですが、言語学を専門としていても「ことばに関する特別展示」を見るのは初めての体験です。

この特別展示は開催予告が出た頃から言語学界隈ではホットな話題として常に注目を集めていました。私自身も「物を展示する博物館の特別展でどうやって「しゃべる言語」を展示するのだろう」と疑問に思ったものですが、総合大学でもかなりマイナーな立場にある言語(学)が多くの人に紹介される良い機会になることを大変期待していました。

9月から開催していましたが「3ヶ月近く展示期間があるのだから仕事が少なくなってから行こう」と呑気に構えていたら、いつまでも仕事が途切れずあっという間に11月上旬。慌てて時間を作って見に行ってきました。

国立民族学博物館。実は初訪問です。

これまでの人生で手話に一番詳しくなれる1時間半

展示内容を見てすぐ気づくことは「手話に大きくフォーカスを当てている点」です。多くの展示で日本語と英語だけではなく映像モニターでの手話による説明が付けられています。展示内容の中には「かなり本格的な言語学の知識」が含まれているのですが、音声言語の例と手話言語の例が一緒に与えられていることが多く「手話も音声言語と同じように言語であり、言語学の対象である」というメッセージが明確に伝えられていました。

手話に関する展示は沢山ありますが一つだけ紹介(受付で撮影可なのを確認済)。日本手話・イギリス手話・香港手話の例から言語記号の恣意性を説明しています。

私自身も言語学が専門ですが手話に関しては全く触れたことがなかったため大変勉強になりました。世界の手話語族や手話の方言など知識面での解説も充実していますが、実際に手話や指点字を使っている方たちに丹念な取材を行ってエピソードを映像で語ってもらったり、博物館サポーターの方から手話を直接教わるコーナーもあって自分の名前を手話で言うことができたりと「今までの人生で一番手話に触れた機会」になったのは間違いありません。

博物館サポーターの方からあいさつの手話を懇切丁寧に教えてもらいました。全部「すばらしい」「はなまる」!

展示解説は体験型&本格的な言語学概論

今回の展示で驚いたのは「本格的な言語学の知識がふんだんに組み込まれている点」です。エントランスから1階の展示室に入ると「そもそも言語とはどういうものか」という基本的な問題から、動物の鳴き声と人間の言語の違い、言語の認知面における特徴、身体のどのような動きから言語音が生まれるのかなど「言語そのもの仕組みと機能」について色々な機材を実際に使ったりゲームをしながら楽しむ機会に溢れています。私個人としては、最近話題になっている「シジュウカラの文法」について鳴き声のビデオを鑑賞できたことや、言語(らしき)音を発音する機械を実際に動かせたのが大きな収穫でした。


構音器官の説明と人工的に言語(らしい)音を発する機械(受付で撮影可なのを確認済)。この機械はぜひ動かしてみてください、写真から想像できない(少し不安な)声がでます!

このように言語学の本格的な説明が丁寧に盛り込まれている分、展示内容としての難易度はかなり高いように感じました。言語学と普段接することがない人たちにとっては自分たちが使っている「ことば」はあまりにも自明的であるため、その構造性や機能に逆に内省が働きにくい所があります。本格的な言語学の説明を盛り込んだ力作展示であることは間違いないのですが、その分だけ解説内容を自力で理解できる人は多くないかもしれません。

後景になってしまったかもしれない外国のことば

このように見所に溢れて満足感のとても高い特別展示ですが、外国語を教える身として「海外のことば、いわゆる外国語の影が薄いかな」という印象も同時に持ちました。 まず気づいたのは解説パネル。「日本語・英語・日本手話」の解説が充実していた分、他の言語の解説がないことが却って際立っていました。最近は中国語版や韓国語版の解説をつけている博物館も珍しくないですし、「ことばの特別展示」としてもう少し色々な言語の解説を入れてもよかった気がします。他にも2階展示室が「コトバと多様性」というテーマでしたが「日本における音声言語・手話言語の多様性」に熱量と力量がかけられている分、「世界における言語の多様性」についての話題はかなり影が薄かったような。もちろん展示の中には様々な言語による単語例も紹介されてはいるのですが、手話のような体系的・集約的な展示ではなくアクセント的な使われ方をしている印象を持ちました。

世界のことばの面白さを最も体現していたのは、最後のミュージアムショップで売っていた「世界のあいさつハンコ」だったかもしれません。「ことばの特別展示」ということで「色々な外国語に触れ合えるかも!」と期待していた方がいらっしゃったら少々肩透かしになりそうです。

ミュージアムショップでは世界のあいさつハンコが売っています。私は中国語の"谢谢"とベトナム語の"cảm ơn"を購入。

もちろんこれは私が外国語を教えて研究する者だからこそ感じる印象であり、この特別展示の意義を損なうものではありません。それでも、日本の中の様々な言葉に対して今まで以上に多様な関心が生まれつつも「その他外国語」の研究から急速に興味を失いつつある日本の言語学を反映している面があるように感じています。

とは言ったものの、言語が好きな方は絶対行くべきオススメの特別展示ですので11月23日までにぜひ訪れてみてください。

太陽の塔の背中。日本一の観覧車を食ってしまうくらい存在感が半端ない。