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約三十年後にかみしめるホームズの名言

NHKで、イギリスのTV局制作の海外ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』が最初に放送されていたのが、ちょうど高校生の頃でした。

ジェレミー・ブレットさん演じるホームズが、本当にホームズという人がいるみたいで、また、日本語版の露口茂さんの吹替もぴったりで、今でもホームズと言えば、この映像とこの声とで自分の中では認識されています。

そんなで、すっかりホームズが大好きになって、文庫で出ていた翻訳本を読みまくりました。(ロクに勉強していなかった割に、一生懸命こういうことはしていたんだなあ、と思う。忙しさにかまけてロクに本を読まなくなってしまった就職後より、ある意味偉かったかも。)


ムダなことは「忘れるように努める」

当時、一番印象に残ったことばが、シリーズ第 1 作『A Study in Scarlet』(緋色の研究)の第 2 章でホームズが言う、タイトル画像のセリフです。

限りある脳の部屋から大事なことが追い出されてしまわないよう
ムダな知識は持たないことが極めて重要だよ

ホームズには、探偵としての自分にとって「大事なこと」が見えています。だから、「地球が太陽の周りを回っていることを知らないなんて!」と驚愕する友人のワトソンに対し、

・それを知ったからには、忘れるように努めないとね
・地球が太陽の周りを回っていようが、月の周りを回っていようが、僕の仕事には関係ないさ

と言い切ります。かっこいい!


心を軽くしてくれた「神の声」

それにしても、本を読んで何を思うかは、読む人の心を反映しているものだな、としみじみ思いますが、当時の自分にとってはまさに「神の声」のように響いたのでしょう。

余計なことは、忘れろ!

なんて、チンプンカンプンなことでも「できるだけ覚えるように」という状況と、全く逆ですもの。

その「覚えること」が苦痛で、せっかく学べる状況にあるというのに全く学業に身が入らず、悶々としていた自分にとっては、水戸黄門の印籠を得たかのような気分だったと思います(ホームズがこう言っているぞ! みたいな)。


でも「大事なこと」はわからなかった

それで少なからず心が軽くなったのは確かだし、ホームズは間違ったことは言っていません。

ですが、じゃあ、自分にとっては「限りある脳の部屋」に入れておくべき「大事なこと」があるのかという点には思い至らなかった。というか、結局それはわからずじまい、だった。

「ムダなことなんて覚えなくていい」と言ってもらえて狂喜する一方で、自分にとって、何がムダで何がムダでないかがはっきりわかっているホームズ「のようではない」自分、というものも、どこかで認識されていたように思います。

それで、自分にとっての「大事なこと」を見つけようとして、見つけられなくて、なんか結局悶々としているのは、あまり変わらなかったのかも (^_^;)


「大事なこと」がわかるのが非凡

今にしてみれば、その「大事なこと」がわかるかわからないかが、凡と非凡の境目といいますか、ホームズは架空の人ですけど、世の中の才能ある人たちは、自分にとって「大事なこと」がわかっているからこそ、非凡なんだと思います。

当たり前のことのようですけど、平凡な人間はそんなこともわからず、自分にも何か「大事なこと」があるはずだ、なんて思ってしまうから平凡なんだな、と。そんなふうに思います。

それで結局、何が大事かなんてわからないから、やみくもに「限りある脳の部屋」に入れている。

そして、ホームズが言っているように、体系的に詰め込まれていないから、せっかく入れてあげた知識も、うまく取り出すことができない始末。

でも、それが自分なんだな、と思います。


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久しぶりに、ホームズのことばをじっくり読み返して、ジェレミー・ブレットさん演じるホームズの画像を拝んで、「やっぱりかっこいいなあ」と思います。

でも、これが年を取ったということなのか、それは純粋に「憧れ」で、自分とはひどく遠いものにも感じられます。


そんなふうには生きられない平凡な自分だけれど、世の中がそんな才能のある人ばっかりだったら、きっと大変なことになる。

世の中の 7 割くらいは平凡な人間が構成していて、それで綿々と世界が続いてきたんだと思う。


だから、「大事なこと」が何かなんて答えの出ないことは考えないで、自分の心に届いたものを大切にしていけば、それでいいかな、と思います。

もちろん、「大事なこと」が見えている人が、ホームズのような徹底した生き方をするのを応援したい、いや、まずは邪魔をしないようにしたい、とも思っています。

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ホームズの画像は、Wikipedia のパブリック・ドメインの画像を利用しています。また、ホームズのことばについては、「シャーロック・ホームズ」シリーズの著作権保護期間が既に終了していて、Wikisource に原文が公開されています。

該当の言葉は、「A Study in Scarlet/Part 1/Chapter 2」の、左側に [20]・[21] と書いてある、真ん中あたりにあります。原文に忠実に訳すと長いため、多少はしょって意訳しました。