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少し変わった同窓会①

2年ぶりに着たスーツは、首元に苦しさを覚えるものだった。冬の乾いた風と低い気温のおかげで、スーツが持つ独特の息苦しさを感じずに済んだのだが、窓ガラスに映るスーツ姿の僕を客観的に見た時の違和感はすごかった。

僕は少々苛立ちを覚えながら、M駅に降り立った。時刻は11:00。この時間ならば、全然余裕で約束の時間に間に合うだろう。駅から約束した場所までは、約5分足らずで到着するのだから。11:30からの約束で、集合場所への道のりも把握している僕が、なぜ30分も前に最寄駅に到着しているかといえば、そこに行くまでの道のりが僕にとって心理的に険しいものであるからだと思う。

僕はこれから少し変わった同窓会に参加することになっている。その同窓会が茶番のように思えて、当日の土壇場であるこの瞬間、僕にとってはとても苦しいものになっていた。

1週間前に遊びに行く約束をしていたが、前日の夜になって急激に面倒になったという経験はないだろうか?今ちょうど、そんな気分である。僕の場合、その状態にプラスして、ここに来るまでの経緯が厄介極まりないので、その分が上乗せされて、さらに行きたくないという状態になっている。

まずそもそも、貴重な土曜日をわけの分からない風変わりな同窓会に割かないといけないことが腹立たしい。これが普通の同窓会ならば、僕は喜んで顔を出しただろう。

もちろん参加するという意向を示したのは僕だ。だったら行かなければいいと言われればごもっともである。でも、僕が参加を示したのは普通の同窓会だった。久しぶりに人に会い、人を観察し、つながりという輪を見学したいと思ったから参加を表明した。それが、過去のリプレイに姿を変えてしまうなんて、誰が想像できるだろうか?

3か月くらい前のことだ。退職した職場でお世話になっていた先輩から、久しぶりに連絡がきた。その内容は「久しぶりに前の会社の人間で集まって、飲み会をするんだけど来ない?」という同窓会の誘いだった。

僕が以前勤めていた会社は、社風が大学のようだった。良い意味でも悪い意味でも、社内全体が和気あいあいとしていたと思う。だからこそ、辞めた人間が集まって、同窓会を開くというムーブがあったとしても別に驚きはしない。その会社はそもそも、そういう人たちの集まりなのだから。

僕はこの誘いを受けた時、行くかどうか悩んでしまった。僕が悩んだ理由の原因は、自分の今の仕事がうまくいっていないからだったと思う。過去にifはないのだから、振り返っても仕方がないという思いと、今うまくいってない事実を含め、新しい発見と気分転換にはいいかもしれないという可能性がせめぎ合った。色々考えた結果、最終的には参加を表明した。

行くと決めた要因は、そろそろ人に会ってみてもいいだろうという想いからだった。僕の今の仕事は、比較的に引きこもって行うものが多かった。人と会うことももちろんあるが、自分から出ていかない限り、そういう機会には恵まれない。そんな環境の中に身を置いているのだ。

それがどんな人間であっても、人間であることに変わりはない。今の僕には、人の流れを観察してそこから可能性を見出す必要がある。そのためにはどんな人間でも会わなければいけないのだ。例えそれが、自分の苦手な人種だったとしても。

僕は、自分が入社した会社の人間が嫌いだった。全員ではなかったが、大部分の人間が嫌いだった。なんといえばいいのだろうか、そう、思想が違うのだ。僕には僕の信じる道があった。それは正しいとか間違っているとかではなく、自分ではズラせないものだったと思う。折ってしまえば、自分が自分じゃなくなる気がするから、何があっても曲げたくないものだった。この会社は、僕の思想とはまったく違う思想を持っていた。ただ思想が違うだけならばよかったのかもしれない。でもその違いは、明らかにお互いの思想を攻撃し合うものだったと思う。

会社が会社の思想を僕にぶつけてくれば、僕は僕の思想を折らなければならないし、僕が僕の思想を会社にぶつければ、会社は会社の思想を折らなければならない。思想なんて人それぞれで、みんなそれと折り合いを付けながらうまくやっていると言われるかもしれないが、僕に言わせれば、そんなものは思想でもなんでもない。植え付けられた習慣・与えられた感覚でしかないのだ。

僕は僕の思想において、誰にも侵略されたくなかった。そういう大事なものがないと、組織という世界では生きていけないと僕は思う。それを間違えたり、はき違えたりすれば、そいつは組織になってしまう。中にはそれで成功を収めるものもいるかもしれないが、その成功は、やっぱり長くは続かないだろう。中身のない成功は、そいつの心までは満たしてくれないのだから。

とにかく、その会社は大学みたいだった。大学を卒業した人間が多く所属するその会社は、大学生の延長で仕事をすることができる空間だった。それはすなわち、いつまでたっても大人になれない人間を量産するということでもある。だからこそ、当初の目的とは違う、少し変わった結果が生まれることもある。いつだって、マジョリティーはマイノリティーを置き去りにしてしまう。それが結果的に、誰かを傷つけているという事さえ気づかずに。

そんなことを頭の中でグルグルと考えていたら、いつの間にか会場についていた。時刻は11:20。やっぱり、5分で着く場所に20分もかかった。

僕は「はぁ~」とため息を漏らした。そして、「よし!」と気合いを入れて、会場に入った。

大丈夫だ。この謎の同窓会が終わったら、友人との忘年会が待っている。最悪、途中退出してもいいだろう。そう心に言い聞かせると、少しだけ足取りは軽くなった。

僕はこれから人を観察する。そうだ、観察するだけのマシーンのようなものだ。

会場内には見知った顔が沢山いた。僕は少しだけ吐き気を催した。その吐き気は、胃から来ているというよりも胸から来ているもののようだった。僕は、これから訪れる出来事に対して、不安と期待と得体の知れなさを抱えながら、ただただロビーに突っ立っている事しかできなかったのである。

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