【聞こえるかい、魂の歌が】11.体育倉庫にて#999 ゲームオーバー

僕の頭に落ちてきた「この体験は間もなく終わりを迎える」という予感に似たなにかは、唐突に、予想を上回る方法で現実になった。

僕は最後に、この体育倉庫の中を歩いて回った。この後外に出ることは確定しているのだからと信じて疑わなかった。これが見納めであると思った僕は、不思議な時間をくれた体育倉庫を目に焼き付けておきたかった。体育倉庫には細かい備品などを置いておける大きな棚が2つある。片方の棚には備品が沢山置かれているが、もう片方の棚は、ほとんど何も置かれていない。それらは倉庫の奥に横並びに設置されていて、隅にぴったりと、まるでテトリスのように配置されている。2つの棚を合わせた長さと、体育倉庫の横の長さは若干合っていない。棚の方が短いから、隅にピッタリと合わせると、真ん中にスキマが出来るのだ。僕はスキマの方へ歩く。その隙間に入り、僕が棚のズレを埋めるような体制をとる。なぜかは分からないのだが、そうする必要があるような気がしたのだ。

このスキマに身体を埋めた時、妙な安心感を覚えた。空間すべてがピタッと埋まると、今まで解けなかった問題が、すべて解決したかのような気がした。僕には、先ほどまで見えなかった多くのものが見え、意味のあるものと意味のないものを分別することが出来た。

「そうか。意味のあるものなんて、そんなにないのか」

誰にも聞こえないその声は、ただただ宙に舞って消えた。

僕が自分の言葉の余韻に浸っていると、背中で(ズルっ)という音がした。僕は立ち上がり、自分の背後に目を向けた。先ほどまで気が付かなかったのだが、僕が寄りかかっていた壁には張り紙がはってあった。その張り紙が、僕が背中をずらした瞬間に少しだけ剥がれてしまったのだ。

剥がしかけてしまった張り紙を元に戻そうとかがんだとき、その違和感に驚いた。何も備品が置かれていないほうの棚の隙間からかすかに風が吹いているのだ。風が吹くほうへ目線を向けると、壁と棚との間にかすかな光がさしていることが分かった。

「穴が空いてる?」

僕は棚を動かしてみたい衝動に駆られた。その棚には備品などほとんど置かれていない。もしかしたら僕の力でも動かすことができるかもしれない。僕は棚を体育倉庫の内側に引きずってみた。棚はズルズルと鈍い音を立てながら、少しだけ、でも確実に動いた。僕は先ほどよりも力を込めて棚を動かした。棚はまた、体育倉庫の内側に向かって大きく動いたのだった。

穴は、かがめば人が通れるくらいの大きさだった。学校側が修理費をケチったのか?それとも別の目的があったのか? とにかくその穴は、棚と体育倉庫の外側を覆う木によって、最初から存在していないもののようになっていた。

そうか。これが終わりか。僕は思った。

ここから外にでれば、すべてが解決する。閉じ込められたことを誰にも気づかれず、この体験を僕だけのものとして、少しだけ特別な人間になったかのように、日常に溶け込むことができる。僕はそれを誇らしく思えたが、同時にもろく、崩れ去るようにも思えた。この穴の存在に気づいてしまった時点で、僕の小さな冒険は、そのすべてが作られたものだった。そんな気がしてしまったのだ。

複雑だなぁと思いながらも、僕はその穴から外にでた。そろそろ家に帰らなければならない。母もきっと心配するだろう。

外には真っ赤な空が広がっていた。校庭には人の姿が無かった。光が目に大きな負担をかけることを創造したのだが、そんなことは全くなく、僕はいつもの世界に順応した。

順応したはずだった。

外に出ると、そこには誰もいなかった。学校を囲む道路にも人の姿は無かった。よく見ると、校舎は真っ赤な空を飲み込むくらい黒い影に覆われていた。

僕は初めて、その異様な光景にぎょっとし、その場に立ちすくんでしまった。校舎からは小さい笑い声が聞こえていた。その機械的な笑い声は、だんだんと電池が切れていくように、途切れながら抑揚をつけていた。

僕は笑い声を聞きながら、少しずつ崩れていく視界に飲まれていた。それはこのまま意識を手放して、止まった世界から離脱することを意味していた。

やがて視界は真っ暗になった。

あの体育倉庫に閉じ込められていた時間はなんだったのか?現実か?それとも夢か?

最後に頭の中にあったもので、僕が覚えているのは「その迷い」だった。そして今、僕は間違いなく「ゲームオーバー」を迎えている。誰かの手を掴めない僕は、そこで意識を失った。

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