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「搾取常態化」がやてっく〜誕生前夜〜 #42


▼会議室にて

徹夜して作成した資料を引っ提げて話し合いにのぞんだのは火曜日の事だった。

下野さんと僕の間では、話し合いが進むにつれて溝が深まっていくという現象が発生していた。これは僕がそう思っているだけで、下野さんはそう感じていないかもしれない。もしかしたら想像以上に順調に、この話し合いは進んでいると思っているかもしれない。

それは話しの進め方・決定する方法のズレが起こしている問題で、もはや内容がどうのこうのという話ではなくなっていたと思う。

話し合いをするためのいつもの会議室。僕は約束の時間よりも早く到着した。今までの話の内容を整理する時間が欲しかったからだ。外では午後の穏やかな時間が流れていた。この会議室は社内の隅にあって、入り口の向かいと右側には大きな窓があった。そこから差し込む陽射しとたまに通る車や自転車が、その日の午後の穏やかさを僕に教えてくれる。

その午後の穏やかさは、僕の心を本当に久しぶりに落ち着かせてくれた。この会社での今後に行き詰っていた僕は、ここ数か月間、ひたすら生き急いでいたのだと気づいた。その穏やかさは本当に些細なものだったけれど、僕にとってはとてつもなく大きな恩恵のように感じた。

僕は今までの話の流れを整理した。
1.広告を利用してくれるユーザーを増やすために小さな経済圏を作ると提案
2.肉付けを下野さんにお願いする
3.経済圏とは程遠いが悪くないアイデアが下野さんから出てくる
4.下野さんのアイデアに対して懸念点を確認する
5.懸念点への解答はなく、どうすれば実現できるかと今何をすべきかを考えると言われる

まとめてみるとあっさりしていた。話が進まない・実現の可能性が低いと感じている原因は4と5が噛み合っていないからなのだ。まずはこのもつれを解消しなければならない。お互いにわだかまりが残ったままで話を進めてしまうと、恐らくまた、新規事業リーダーを引き受けた時のような面倒な言い争いになってしまう。

こうして全体を眺めていると最も重要な部分が抜けていることに気づく。この話し合いには0がない。僕がまとめた、決定の極みの中にある「共通認識を持つ」が達成されていないのだ。

このままいけば空中分解は免れないだろう。ここをきちんと進めた上で、決定の極みを普及しなければならない。

これはとても難易度が高いことだと思った。下手をすればメンツを潰すし、そもそも理解してもらえない可能性だってあった。この部屋に入って最初に思った通り、下野さんがこの話し合いを順調だと思っていたら、僕が話しの腰を折ったみたいに見えてしまうのだ。

部屋の時計を見ると約束の時間が5分前に迫っていた。何故かは分からないが、時計を見たとたんに考えることを止めようと思った。今更考えても仕方がない。なるようになる。そんな風に思ったのだ。

▼はき違え

時計を見た直後に下野さんは会議室に入室した。

それはまるで僕の決心を確認したかのようなタイミングだった。

「よし、さっそく進めよう!まずは前回の内容の確認から・・・」

そう言って下野さんは、前回話し合った内容を確認し始めた。

一通りの確認を終えたあとで、「この内容で間違っていない?」という確認が僕に告げられた。僕は「大丈夫です」と回答した。この時僕は、どのタイミングでもつれの解消に踏み込もうかを考えていた。

そこから少しの間、会議室に沈黙が流れた。僕が言葉を探していることに下野さんが気づいていたのかは分からない。ただ下野さんは、僕にこのような言葉を放った。

「で?この後どうする?」

この言葉を聞いた瞬間、僕の中にあった集中の糸のようなものが切れた気がした。この言葉の意図は明らかで、僕にすべてを丸投げしてあるはずだろ?というものだった。

これは僕の印象でしかないのだが、C社の上司は社員が持っている暗黙知を無断で引き出そうとする者が多かった。社員が調べて覚えたこと、社員が勉強して覚えたことを、無自覚に、さも当然のように自分のものとしようとする。

僕はその対応に嫌悪感を持っていた。もちろん、会社のためになるのなら暗黙知を提供するのは構わない。でもそれは、あくまで自発的にそう思えるかどうかにかかっているとも思う。社員は社員である前に人間なのだ。責務を果たさない人間に、自分が必死になって得たものを提供する義理はないと思う。

下野さんは僕に「今後の流れを考えさせる中で、知っていることを全部吐き出させよう」としていた。そう思っただけかもしれないが、仕草や所作が、そのように見せるのだ。

安息だった気持ちは、言いようのない不安に変わった。

ここにいたらダメになる。そう思った。

ここは適当なことを言い、とにかくこの話し合いを終わらせてしまおう。でなければ、僕はダメになってしまう。

先ほどまで温かかった陽射しは、すでに西に傾きつつあった。もうすぐ夜がやってくる。それは僕の心のようで、どことなく不安定な夜に思えた。

僕はどこへ向かうのか? これから何をすべきなのか?

今までぐらぐらしていたものが、まるで上から棒でも刺されたかのようにピンとなった。僕は真剣に自身の今後の方向性を考え、狙いを定めることにしたのである。越谷雑談がやてっくは、目の前までやってきていたのだ。

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