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「僕が会社を辞めると決めた日」がやてっく~誕生前夜~#50

僕は2つの主力アイデア及び複数の素案を資料にまとめ、次の会議に向けての準備をした。シミュレーションの中で起こりうる疑問などへの答えも用意した。

何を聞かれても大丈夫な状態だと思っていた。

会議はあっさり始まった。気づけば、事務所単位で新規事業を起こすと決めてから約3か月ほどが経過していた。振り返ってみると、この3か月間は何も決まらず、何も前に進んでいなかった。ただ同じ場所で、ずっとじたばたしているだけだった。

以前決まったことが全て白紙に戻る。これが繰り返されていた。今日、この状態から脱したい。それが僕の願いだった。

「さて、どうしようか」

下野さんからそう言われた。その発言は、とうとう打つ手が無くなったことを意味していた。実装前のこの段階で、打つ手が無くなるというのは少し滑稽だなと思った。引き出しの中身が少なすぎる。

「僕からよろしいでしょうか?」と僕は言った。2人しかいない会議の中で「僕から」というのはおかしな表現だなぁと思った。

「いいよ」と下野さんは返答してくれた。

僕は下野さんに、複数の素案を書いた資料と、2つのアイデアをまとめてパワポの資料を渡した。

「簡単に説明させて頂きます」

僕はそう言って説明を始めた。

説明はスムーズに進んだ。何度もシミュレーションを重ねたから、つたなく進行することが出来た。横文字を排除し、例えを入れ、想像できるレベルの内容と絵や図を取り入れた分かりやすい解説を揃えたつもりだった。

「う~ん」

全てを話し終えたあと、下野さんは少し唸った。僕はこの唸りで、このプレゼンが失敗に終わったことを理解した。

僕の頭は「何が良くなかったのだろうか?」と考え始めた。レベルを下げすぎたという可能性、ワクワクするような材料が不足していた可能性、例えを入れすぎた可能性などを考えた。

「これ、成功するかな?読者からお金をもらうってのがねぇ~」

僕が頭の中で別の事を考えていると、下野さんが回答した。どうやら僕の見当違いだったようだ。レベルが低かったと思ったのだが、レベルが高かったらしい。

正直不快なので、こうした表現はしたくない。僕は僕の事をレベルの高い人間だとは思っていない。ただこの場において、比較してみたところ、レベルが高いと言わざるを得ないのだ。

まず、成功するかどうかは分からない。やってみないと何とも言えない。成功するものが分かっているビジネスがあるのなら、全員がやっているだろう。そしてもれなく、ほぼ全員が失敗するのだ。

次に、これは僕の個人的な気持ちの問題なのだが。打ち手なしで行き止まりにいた下野さんとは違い、僕は僕なりにアイデアをまとめて持ってきた。僕が何もしなければ、この会議は無駄な時間となっていて、次の会議までに何を決めるかを決めることになりかねなかった。

それを回避したのだからお礼くらいは欲しいものだ。多くの上司やビジネスパーソンは仕事の中でお礼や感謝を忘れがちだと思う。スピードが速く、やることが沢山あり、気持ちに余裕がなくなるのは分かる。でも、お礼はそれ以前に人としての問題だと思う。感謝できる部分を探すことで、結果的にチームの士気は上がる。常に誰かを見下す、そんなつもりが無くても上司は見下しているように見えてしまうもので、上司こどお礼や感謝の気持ちは必要なのだと思う。

「成功するかどうかは分かりません。ただ、成功すると分かっているものがあるのなら、ぜひ僕に教えてほしいなって思います」

僕は必死に感情を押し殺そうとしたが、発言の中に苛立ちが混じっているのは明らかだった。

「成功するものが分かるのなら、新規事業を考える時間は必要ありません。その成功するものを先にやったものが勝ちますから。今僕たちは、成功するものが分からないから、こうして時間をかけてあれこれ考えているのではないですか?」

「・・・」

構図として論破しているようになってしまったが、こればっかりは言わずにいられなかった。こうしてまた考えるだけの時間をむやみに引き延ばすのは嫌だったし、僕としてはこのマインドは早めに脱しないといけないと本気で思った。

成功か失敗かを話し合いの段階から考えるのは、非常に難しい。多分答えは出ないだろう。失敗する可能性を潰すために色々案を出してみようとするのであれば、まだ建設的だと思うのだが、成功or失敗というアバウトで実現性がほぼない話に議論を持っていくのはリスクしかないのだ。

「まぁ他の案もあるし、いったんこの案はステイしていおこう。次回は他の案を検証してみて、そこから可能性が高そうなものをピックアップしてから、今話してくれた案を再検証してみてもいいんじゃないかな?」

「分かりました」

僕がこの会社を辞めると決めたのはここだった。これ以上、精神や時間を浪費するのはごめんだなと思ったのだ。

僕はこの2週間後、退職願を提出することになる。そう、本当に辞めるのだ。ここから先は、辞めていくまでの流れ、そこで起こったエピソードなどをまとめていくことになる。

僕はまだ知らなかった。辞めるにあたり待っている様々な厄介ごとの存在について。そして、そこに待っている複雑な物事の数々を。

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