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【聞こえるかい、魂の歌が】7.体育倉庫にて#1

ガシャンという音が鳴ったあと、そこには暗闇と遠くの方で聞こえる空っぽの声だけがあった。やがてその声は小さく薄くなり、最後には僕の頭の中にある声だけが残ったのだった。

大きな声で「開けてください」と言えば、この状況は終いだろう。たった7文字のその言葉で、今すぐにでもピンチを脱する事ができるはずだ。でも、何故か僕はそれをしなかった。出来なかったと言っていい。何故か分からないのだけれど、頭の片隅にあるこの判断が、決して大切で、緊急で、必要な事だと認識されなかったのだ。

僕はまず、暗い体育倉庫の中を確認した。足元には白線を引くためのラインカーがいくつか置いてあった。僕はそれを蹴り飛ばさないよう、慎重に後ろに下がる。背後には跳び箱があって、跳び箱に背中を近づけた状態で左斜め前に視線を移すと先程の体育で使用した高跳び着地用のマットが置いてあった。僕は、跳び箱を背にした状態で横歩きをして、体育倉庫の中央までやってきた。

暗闇に少しずつ目が慣れてきて、あたりにあるものが色々な見えるようになってきた頃、左端に重なっている体操マットに腰をかけて、これからの事を考えてみた。

まずドアを揺すってみたが、カギは当たり前のようにかかっている。授業はとっくに終わっていてこれから生徒の誰かが体育倉庫を開けに来るとは思えない。僕の後頭部上には小さな鉄格子付きの窓があるけれど、そこから抜け出す事は無理だ。人が抜け出せるサイズではないし、鉄格子は壁にめり込む形で設置されている。

このときの僕は、意外と楽観的だったと思う。帰りのHRで僕がいないと先生が気づけば、どこかで必ず探しに来てくれるだろう。それに、そこに明確な理由が無かったとしても、この先永遠に体育倉庫に閉じ込められるなんて、現実的に考えてありえないと思う。体育倉庫で白骨死体が見つかるなんてニュース、この日本で何件あるだろうか? そんな事態に見舞われるのは、奇跡的な偶然がいくつも重なってしまい、なおかつその人の運が悪かったとしか言えないのでは無いだろうか?

運で片付けるなんて不謹慎だなと思いつつも、僕はそんなふうに考えていた。これだけ仕組みが整った国なのだ。どこかで誰かが発見してくれるに違いない。そんなテンションで座っていたのである。

暗闇とは面白いもので、色々な自分に気づかせてくれる。そんな楽観的な自分がいるのと同時に、そこにはとても心配している自分もいるのだ。

僕は漠然と、ほんの一瞬だけ「死」について考えた。この場合は、思い浮かんだと言ったほうがいいのかもしれない。もしかしたら今日の僕は、その偶然と運の悪さが重なっているのかもしれない。そうしたら僕は、この暗くて暑い体育倉庫の中で餓死することになる。

そこに恐怖や不安はなかった。ただ、そんな2つの自分が混在し、せめぎ合っている事が確認できた。それは、真っ白な濃度の薄い絵の具に、一滴の赤い濃度の濃い絵の具を落としたときのようなものだった。

僕はそんな自分を確認すると、何故だか急に興味をそそられ、もう少しだけこの状況を観察してみようかと思うようになった。

これは僕の求めていた非日常に近かったし、これを機に最近の自分を振り返ってみてもいいのかもしれない。ずっと欲しかった、衝動に近い何かの正体に近づける良いチャンスがきたのだ。これを手放すのはもったいないではないか!

こうして僕は、自分を見つめることにした。外は相変わらず静かだった。僕が流れに身を任せようとしたとき、遠くの方からチャイムの音が聞こえた。僕はチャイムの音を聞きながら、内面にあるもう1人の自分に向かって話しかけるのだった。

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