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海辺の村の漁師【後編】(ショートストーリー)
その日は年に1度のサメ漁だった。もう何日も魚を釣っていない彼からすると、そのイベントは意味のないイベントだ。サメを捕獲する理由は、漁師や村の安全のためなのだから。
彼が海に出る直前も、やっぱり村人は笑っていた。サメを捕獲している暇があるのなら、普通の魚を釣った方がいい。それは至極真っ当で、逃れようのない正論だ。
彼は黙って船の準備を進めた。どんなことを言われても、彼は船を出そうとした。英雄に戻
海辺の村の漁師【前編】(ショートストーリー)
「勝負ってのは・・・頭の良い奴や腕力がある奴が勝つわけじゃねぇ。結局最後は「覚悟が決まっている奴」が勝つんだよ」
その男は海に出ていた。切迫とわずかな期待を抱きながら。
彼は3年前、村の英雄と呼ばれ讃えられた。海に出る巨大なサメを釣り上げたのだ。このサメは漁師たちを困らせていた。釣った魚をその場でバクリと持って行ってしまうからだ。
この村には年に1度、サメを捕獲する日があった。釣ったサメは肥
シミ(ショートストーリー)
気がつくと、大人の男がギリギリすれ違えるくらいの通路に横たわっていた。そこは、自分の手も見えないくらい真っ暗だった。俺はそこにあるはずの手で壁を触り、大きさを把握した。そして、目が覚めたときの状況と掛け合わせて現状を推察したというわけだ。
通路であるというのは憶測だった。左右に歩いたら壁に触れたが、前後には壁らしい壁はない。加えて、わずかに空気が流れているのを感じることが出来たからここが通路なの
デッサン(ショートストーリー)
左側にかすかに写る、真っ白な壁にぽつんと浮き出る電気のスイッチ。ぼんやりと鈍く、わずかに霞むその電気のスイッチを切り抜ければ、青いステテコと灰色のノースリーブが、残骸のようにセミダブルのベッドの上に転がっている。
ベッドの上を観察しようとすると、枕の先からニョキッと、青黒い物体がこちらを窺っている。その表情はどことなく怯えているが、目だけは何かを強烈に訴えようとしていて、これから何かが生まれるか
少し変わった同窓会:あとがき
5週にわたり連載させて頂きました【少し変わった同窓会】
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。
最後に一度やってみたかったあとがきを書かせて頂こうと思っています。
この少し変わった同窓会ですが、実話をベースにしています。現場で実際に起こった出来事にはほとんど興味がなく、自分の中の心境の変化だけを抽出して書きました。
実際に起こった出来事をベースに書いているためか、いつも書いてい
少し変わった同窓会⑤
2部は懇親会という形をしている。先ほどまでの堅苦しい感じは無しで、今回参加した人たちが自由に話、意見を交換する場となっている。
今回のこの同窓会には、前職場を創業した人も来ていて、1部では、創業者が主役という座組が大きく目立つ構成となっていた。それについて僕は、疑問もないが、解せないなぁと感じていた。
この会社は、未来を予測するのではなく、決めつける傾向が強い印象を持っていた。そして、誰かをチ
少し変わった同窓会④
「この会が終わった後のことを想像していました。多分だけど、こういう仕事出来る人いない?と言って、多くの人が繋がっている気がする。そんな未来が見える」
その後もこの「少し変わった同窓会」では、多くの社員が思い思いの発表を行っていた。
在籍年数が長くなればなるほど、入社年数が早ければ早いほど、発表順は後ろになっていく。
そんな中、この会の発起人の発表が始まった。彼は未来についての話から始めた。こ
少し変わった同窓会③
この同窓会を発起した人のあいさつが終わって、プログラムがスタートした。プログラムと言っても、あいさつ終了後に用意したプログラムの項目は1つしかない。
本日参加した人間が「現在どんなことをやっているか?」というのを発表するというものだ。
・この会に参加しようと思った理由
・現在なにをしているか?
・前職で得た学びが、今の活動にどのように活かされているか?
・これから何をしていくか?
この4つの
少し変わった同窓会②
物事は、実際に始まれば楽しくなる。一番しんどいのは、その場に向かうとき。色々な可能性が頭の中に浮かんでくるが、必ずしもそれがすべて、楽しいものであるとは限らない。
ロビーに立ち尽くしている僕は、頭の中でそんなことを考えていた。いや、考えていたというよりも思い込もうとしていたといった方がいい。それはこれから行われる、この少し変わった同窓会も、僕にとっての楽しい思い出になっていくものだと、自分自身で
少し変わった同窓会①
2年ぶりに着たスーツは、首元に苦しさを覚えるものだった。冬の乾いた風と低い気温のおかげで、スーツが持つ独特の息苦しさを感じずに済んだのだが、窓ガラスに映るスーツ姿の僕を客観的に見た時の違和感はすごかった。
僕は少々苛立ちを覚えながら、M駅に降り立った。時刻は11:00。この時間ならば、全然余裕で約束の時間に間に合うだろう。駅から約束した場所までは、約5分足らずで到着するのだから。11:30からの
【聞こえるかい、魂の歌が】11.体育倉庫にて#999 ゲームオーバー
僕の頭に落ちてきた「この体験は間もなく終わりを迎える」という予感に似たなにかは、唐突に、予想を上回る方法で現実になった。
僕は最後に、この体育倉庫の中を歩いて回った。この後外に出ることは確定しているのだからと信じて疑わなかった。これが見納めであると思った僕は、不思議な時間をくれた体育倉庫を目に焼き付けておきたかった。体育倉庫には細かい備品などを置いておける大きな棚が2つある。片方の棚には備品が沢
【聞こえるかい、魂の歌が】9.体育倉庫にて1.8 同化の先に・・
暗い箱の中でじっと息を潜めていると、ここで起こっていることがトラブルなのか、それとも自分の意志で起こしたことなのかが分からなくなってきた。
正確な時間は把握できないけれど、窓から差し込む光が生み出す影の変化が僕に時間が進行していることを教えてくれる。
僕は世界も自分も乖離を起こし、全く別の、ひとりぼっちの誰かを応援するかのように体育倉庫で三角座りをしている。
先ほどまであったワクワク感は消え
【聞こえるかい、魂の歌が】8.体育倉庫にて#2 2つの世界のバランス
僕がこの場所で時間に身を任せようと思ったのは、助かる確率の高さだけが要因ではない。僕のここ最近の日常を、もう少し離れた場所で考えてみるにはとても良い機会だと思ったのだ。今朝学校へ向かうとき、先週から僕の日常には変化が起き始めているような気がしてると感じていた。それは歩いている最中、一瞬だけ思った程度のことなのだけれど、ふと思ったことが通り過ぎるわけでもなく、僕の中にしっかりと鎮座している理由は、そ
もっとみる【聞こえるかい、魂の歌が】7.体育倉庫にて#1
ガシャンという音が鳴ったあと、そこには暗闇と遠くの方で聞こえる空っぽの声だけがあった。やがてその声は小さく薄くなり、最後には僕の頭の中にある声だけが残ったのだった。
大きな声で「開けてください」と言えば、この状況は終いだろう。たった7文字のその言葉で、今すぐにでもピンチを脱する事ができるはずだ。でも、何故か僕はそれをしなかった。出来なかったと言っていい。何故か分からないのだけれど、頭の片隅にある