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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第12話 平田陽、直美の過去

「平田陽(ひらた·はる)です。肺の病気の影響で激しい運動はできませんが、皆さんと楽しい学園生活を送りたいと思っています。よろしくお願いします」

どこか品のある黒目の大きな少女が挨拶する横で、直美は頬杖をつきながら、彼女を見上げていた。
清楚な長い黒髪。
色白の肌。
おまけに病弱で、守ってあげたくなるような華奢な体。
彼女の特徴を並べていけば、男ウケする要素しかない薄幸の美少女。
よく食べよく眠るスポーツ少女の自分とは、無縁の存在だろう。

「よろしくね。えっと、貴方の名前は?」
「ああ、私は向川直美ね。よろしく、陽さん」

自己紹介を終えて隣の席に座る陽に戸惑いながらも、直美は返事した。
入学から時が経ち、清掃係の皆と教室の掃除をしていた直美は眉間に皺を寄せていた。
真面目に掃除もせず、ふざけて箒を剣のように扱いながら、男子2人が遊んでいるからだ。
呆れた直美は無視して、自分の仕事に向き合っていたが箒でゴミを掃こうにも、不規則に動く男子を避けねばならなかった。
堪忍袋の緒が切れた直美は溜息を吐くと

「ねぇ」
「なに、向川さん?」
「掃除の邪魔なんだけど。どいてよ」
「な、なんだよ! 急に!」
「じゃ、教室から出ていって」

言葉を選ばない直美と悪ふざけする渡辺は互いに譲らず、一触即発の雰囲気になりかけた。
そんな教室で陽は一人、場違いな笑顔を見せながら、二人に近寄っていく。

「なに、陽さん」
「直美ちゃん。ちょっと言いすぎじゃない。でも渡辺くんが掃除の妨害してたのは事実だから反省してね」

そういって私を、あの子が咎める。
みんな仲良くなんて糞食らえだ。
ただ通う学校やクラスが同じというだけで、嫌いな人間と関わる必要もない。
ただ陰険な連中に目をつけられないよう、ある程度の処世術は身につけないといけないのも事実。
他人の間違いを正そうとするのは、相当勇気のいること。
生来の気の強さで、人を遠ざける私相手に言うのなら尚更だ。
それでも注意してくれた彼女の芯の強さに、直美は至らなさを素直に反省した。

「……陽さん、ありがとう。少し言い過ぎたし、あの男子にも後で謝っておくわ」
「ハルでいいよ、同級生なんだし」

ニコッと微笑むと名前の通り、陽だまりの中にいるように、私の体はじんわりと温まっていく。
それからというもの、私たちは自然と距離を深めていった。
生まれつき彼女は病弱で、まともに学校に通えるようになったのは高校かららしい。
それを知った直美は、普通の高校生がやるような遊びを陽とたくさんやった。
学校帰りの買い食いに、期末テスト前の勉強会。
部活終わりのカラオケ。
休みの日にはショッピングにもいって、高校生らしい生活を満喫した。

「ハァ、喉ガラガラだよ〜」
「陽はカラオケ好きだよね〜、ホント」
「昔は止められてたの。でも唄うと生きてるって感じがして。健康にもいいみたいだし!」

瞳を輝かせて陽がいう。
ただ普通の日常を送っているだけだが、彼女にとっては普通が特別なのだ。
ここまで喜んでくれるなら、彼女を連れ回した甲斐があるというものだ。

「陽。私、こんな性格で人を遠ざけちゃうから。だから貴方と友達になれてよかった」
「私は抜けてるから。しっかりした直美ちゃんと一緒だと助かるよ」
「……そう?」
「あ、直美ちゃん照れてるぅ〜」

頬を緩ませた直美をからかうように、陽は頬をつつく。

「うるさい」
「すぐそうやって誤魔化すんだから〜。でも、そこが直美ちゃんのいい所だよね」
「もういくよ」

耳たぶを真っ赤にした直美は照れ隠しで、陽を置き去りにする早さで歩き出す。
彼女と過ごす毎日が楽しかった。
晴れの日は、なんだか一日明るく過ごせそうな気がした。
どんよりした曇り空も、彼女がいるだけで一筋の光が差し込むように感じた。
入学から、あっという間に卒業が近づいた3月の下旬

「直美ちゃん。私、志望校落ちちゃった」
「……え」

告げられた一言に、直美は困惑した。
彼女の発言が信じられなかった。
こういうと角が立つが、私も陽も勉強はできる方だ。

「また来年があるから。目標目指して、お互い頑張りましょうよ。予定の合う日でも一緒に遊びにいこう! 今度の日曜空いてるからさ」
「ありがとう、直美ちゃんに相談してよかった」

湿っぽいのが嫌いな直美は爽やかに彼女を励ますと、遊ぶ予定を決める。
落ち込む陽が元気になり、直美は思わず笑みをこぼす。
私たちの友情はいつまでも続くと、漠然と思っていた。
しかし学業やレポートの提出など大学の生活に忙殺され、彼女に構う暇がなくなると、私は陽と遊ぶ回数が減っていった。
距離が離れれば、自然と疎遠になるのが人間関係というものらしい。
最初は陽からかかってくる電話に返事をしていたものの、月日が経過していくと彼女からの電話に対応するのも億劫になっていく。

(また陽からだ。ちゃんと返信しないと。でも今やったら勉強の邪魔になるかもだし……明日にしようかな)

つい自分に言い訳を重ね、私は陽との連絡を先延ばしにしている。
彼女にとって私は無二の友人なのかもしれない。
けれど私には―――もう陽は必要ないということだ。
一方通行になった友情に、胸がチクリと痛む。

「ハァ、ダメだな。陽は私の友達なのに」

部屋のベッドに寝そべり反省しながら、その日は就寝した。
それから数日後、私は無性に苛立っていた。
大学の講義を終えた後、ノートを片づけていると、男に媚びる女が流し目で嘲笑うようにこちらを見ていた。
集団で群れる人間というのは、気が大きくなるもの。
一人でいる人間を見下すようになる連中も数多くいる。

(大学って勉強する場所でしょうが! なんなのよ、ムカつくわ! あんな向上心のない奴らに絶対負けない!)

怒りを溜め込みながた賃貸のアパートへの帰路につく道中、1通のメールが届いた。
陽からだ。
文章からでも育ちのよさがわかる砕けた敬語口調に、直美は一文字一文字ゆっくりと目を通す。
遠く離れた彼女の気持ちに、真摯に目を向けるために。

『直美ちゃん、元気にしてますか?
 最近は一緒に遊ぶ機会も減ったけれど、それだけ
 直美ちゃんが頑張っているってことだね。
 陰ながら応援してます。 

 PS.今まで電話で連絡をしてごめんなさい。 
 直美ちゃんの声がどうしても聞きたくて。
 暇な時にでもお返事ください。
 直美ちゃんの友達 平田陽より』

メールを読んで、直美の心は軽くなっていく。
陽は私を理解してくれている。
電話をしてくるのは少し困るが、しっかりと伝えなかった私にも落ち度がある。
それに定期的に声を聞きたいのは、私だって一緒だ。
直美は感謝を伝えると、それから陽は私に勉強について訊ねるようになった。
私にも日々の生活があって、陽にばかり構ってはいられない。
とはいえ陽との接点は現状、電話とメールだけだ。
彼女との縁を大事にしていきたい。
勉強もわかる範囲なら、真摯に応えてあげていたのだが

「この数式の解法は……陽、聴いてるの?」
「うーん、勉強しすぎたかなぁ。ちょっと休憩。直美ちゃんは大学、楽しいの。仲のいい男の子とかできた?」

勉強に身が入らないのか、彼女は度々雑談を挟もうとした。
せっかく陽が同じ後悔をしないよう、時間を割いて勉強を教えているのに。
陽とは別々の大学に進み、道を違えているとはいえ、友達だからこそ親身に協力しているのに。
私がいくら頑張っても、陽には気持ちなど通じていないのか。
彼女の呑気な態度に腹が立ち

「私に電話する時間があるなら受験勉強したら。だらけてると、また落ちるわよ。遊ぶのもいいけど努力が足りないんじゃない? もう切るからね」

募った苛立ちをありのままぶつけると

「……直美ちゃん、冷たくなったよね」
「あ、陽……」

そう恨み言を言い残して、以降陽から連絡は途絶えた。
彼女も私の目に映らない所で、必死に頑張っているのだろう。
そう思い、直美自身も勉学に打ち込んでいた1年後、直美に陽の訃報が届く。
最初は何故、どうしてという感情が頭を支配していた。
だが

(……私、酷いこと言ったな。あれが彼女を苦しめたのかな)

直美が何気なく吐いた言葉の責任に押し潰されるのに、そう時間はかからなかった。
受験に失敗した彼女を、私は心のどこかで見下していたのだろう。
彼女なりの努力を否定する、恵まれた人間の上から目線の説教。

「直美ちゃん。ありがとうねぇ。あの子の為に泣いてくれて。本当にいい友達ができて、陽も浮かばれるわ」
「……うぅ」

(違う、これは自分可愛さの涙……私はろくでもない人間なんです)

葬式に呼ばれた直美は、大粒の涙を溢しながら、自らの行いを悔いた。
親交のあった陽の両親に慰められても、勢いは止まらない。
本当に辛いのはお腹を痛め、手塩にかけて育てた両親だ。
なのに私が泣いてどうする。
陽の親に慰められる自分が情けなくなり、直美は下唇を噛みながら瞼を閉じる。
私はあの子に何をしてあげられたのか。
ただ追い詰めただけだ。
社会的に地位のない人間は徹底的に見下す。
現実でもネットでも、人の足りない所ばかり数えて粗探しに執念を燃やす。
陰湿極まりない日本社会が彼女を死に追いやったのではない―――他ならぬ私が陽を殺したのだ。
最後に死への引き金を引いたのは、私だ。

(陽、ごめん、ごめんなさい! 私が間違ってたの。もし許されるならもう一度貴方に会いたい。会って貴方に謝りたい! それが叶うなら私はどこにだって……!)

間もなく平田陽はカゲロウのように短い命を燃やし、家族や直美の元から旅立っていく。
骨が焼かれ、納骨される瞬間に

「直美ちゃんも、こっちにおいでよ」

彼女に呼ばれた気がして、直美が辺りを見渡すも、誰もいない。
それから数日後、直美はヴォートゥミラ大陸へと迷い込んだ。
彼女の願いは奇しくも霊拝の地モルマスにて、成就するのだった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

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