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1行だけのエアメール

ドサッ……


腕いっぱいに抱えた荷物をダイニングテーブルに置いて、もう一度玄関に戻った。

郵便受けを開けると1週間分の郵便物が溢れ出した。

「あーあ……」

僕はそれを拾い集めて、部屋の奥に戻った。

「DM……DM……あ、大学からか……ほとんどDMかな…………ん?」

山のようなダイレクトメールに紛れて1枚の葉書が床に落ちた。


僕宛のその葉書には異国の切手が何枚も貼られていた。

その見慣れない葉書の裏にはきれいな模様を描く波打ち際といっぱいに広がる海と空の青、そしてその真ん中には輝く太陽が浮かぶフォトグラフだった。


知らない遠くのどこかの国。見たことのないはずの景色がなぜか懐かしく、それと同時に切なく胸を締め付けてきた。




2年前。僕には大切な恋人がいた。クラスメイトだった。

高校3年で初めて同じクラスになって席が隣同士になった時から僕は彼女に心惹かれていた。

6月の体育祭で僕は意を決して思いを告げた。

「……僕とはちまき、交換して欲しい」

「……交換しても、同じ色だよ?」

「それでもいい…………僕は君のことが好きだから」

「…………もう、わがままだなぁ」

そう言って困ったように笑う彼女を思わず強く抱きしめた。「痛いよ」と言われたが、うれしくて腕を離せなかった。



それからは小説とかでよく聞くいわゆる『バラ色の学園生活』そのものだった。

しかしそれもまた、小説よろしく長くは続かなかった。その結末はあまりにも想定外だった。それは入試を終えてあとは合格発表と卒業を待つのみだった、まだ少し肌寒い早春の頃だった。


「私ね、旅に出ようと思うんだ」


彼女の突拍子の無さなら今に始まったことではなかったが、今回はさすがに飲み込むのに時間がかかった。

「卒業旅行ってこと?」

「ううん。そうだなぁ…………強いて言えば自分探しの旅、かな?」

「いつまで?」

「それはもちろん、自分が見つかるまでだよ」

「大学はどうするの」

「もちろん行かないよ?だっていつ見つかるかわからないじゃん」

「そうだけどさ。だからって……」

「まぁ、そう私が決めたわけだから。だからさ……私たち別れよう?」


『別れよう』その言葉に僕は、焦りを憶えた。


「ちょっと待ってよ。僕は君が自分を見失っていたことすら今知ったんだよ?そんなすぐに飲み込めないよ」

「そこはなんとか、ほらお茶と一緒にゴクッ、と……」


「ふざけないでよ!」

初めて声を張り上げた僕に彼女はは目を大きくした。


「……僕が待ってるって選択肢はないの?」

そう尋ねた僕に彼女はこう答えた。


「もう、わがままだなぁ」


そう言って彼女が笑ったあの場所はこの絵葉書の写真のような海岸だった。



結局僕たちは付き合ったままなのかわからないまま、彼女は本当に旅に出た。最後に会ったのは彼女が発つ空港だった。

彼女はたった一言だけ。


『元気でね』


そう言って僕を振り返らずに行ってしまった。

僕はもう会えないような気がする一方でなぜかそれほど寂しさは感じていなかった。



それから2か月が経ったころ。突然のエアメールが届いた。


『元気ですか?』


そうたった1行書かれた絵葉書だった。それは見慣れた彼女の文字だった。


とてもうれしかった。たった1行だけどうれしかった。

返事を書こうかと思ったが、それはやめておいた。

僕が返事を出すと文通が始まってしまう。彼女に会いたくなってしまうような気がした。


だから待つことにした。こっちからは返事も出さずに何年も。




この絵葉書にも、白くきれいな砂浜にマジックで


『元気ですか?』


と、書かれていた。見慣れたあの字で。

たった1行だけど、それだけで彼女と繋がっていられる気がした。通じ合っている気がした。


「僕ならずっと元気だよ」


そう声に出してみた。彼女に届いているだろうか。




僕は絵葉書を机に置いて、食器棚からクッキー缶を取り出した。

蓋を開けるとそこには缶いっぱいの葉書が入っている。彼女から送られてきた




1行だけのエアメールが。


<完>



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