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文学トリマー【毎週SS】

「君ぃ、一体これはなんだね」

編集長がひと際低音でつぶやく時は、𠮟責の合図である。
此度呼び出されたのは、どうやら校正部らしい。
ピカピカのリクルートスーツからして今年の新人なのだろう。

「確かに『不適切な表現や誤字脱字はカットしてね』とは言ったんだろうけどさ。物理的にカットしてくるとは俺も思わなんだ」

編集長が机にドンと置いたトレーの上には細切れの紙束。
無残にもわが社の重鎮とも呼べる小説家が書いた作品は、
ものの見事にシュレッダーにかけられた書類同然のあり様だった。

「見てよこれ。茹でる前のほうとうか、って感じじゃん。
気分は山梨、最高かよアハハ……って馬鹿野郎!」

笑ってんだが怒ってんだかよく分からなくなっている編集長。
予想斜め上のトラブルに感情が渋滞している。

「あの先生未だに紙一筋でね。パソコンもなきゃバックアップのデータもないんだよ。あ~あどうしたもんかね」

新人は黙々とトリマーが毛並みを揃えるように
細いロールになった小説の使えそうな部分をかき集めていた。

「ああもういいよ。時間もないし、後で破棄するから」

ほどなくして、
件の小説家は、短編小説作家として一目脚光を浴びることになる。

新人がかき集めた細切れの小説が、奇跡的に大ヒットしたのである。

(522文字)


本日は文学フリマ、各種イベント
大いに賑わっているようですね。
皆様の活躍、陰ながら応援しております。

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