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チョコレートと天使の羽(#シロクマ文芸部)

「チョコレートが食べたい」
 そうつぶやいた瞬間、突然目の前に景色が広がった。渋谷の交差点の真ん中で、ぼくは天を仰いでる。そしてもう一度「チョコレートが食べたい」とつぶやいた時、ふいに後ろから「今は食べられないよ」と子どもの声がした。驚いて振り向くと、そこには白いガウンを羽織った金髪の男の子が立っていた。もう食べられないって、どいうことだろう?それにこの子は誰?
「だってよく見てごらんよ、君そこで死にかけてるよ」
 そう言われて指さす方を見てギョッとした。そこにはぼくが倒れていて救急車が横付けされている。そして救急隊員にタンカーに乗せられ、心臓マッサージをされていた。
「驚いただろうけど、これが現実だからね」
 そういわれても、ぼくはここでこうしているんだし、渋谷に来たのは美雪ちゃんとデートの約束をして、ベタだけどハチ公前で待ち合わせようということになったんだ。交差点で信号が変わる寸前、ハチ公に向かう美雪ちゃんが見えて、急いで渡ろうと走って行って、そして・・・「そして猛スピードで交差点に突っ込んできた車に跳ねられたんだよ、君は」金髪の髪をくねくね指で弄りながら男の子が言った。
 そんなこと知らないよ。だってぼくが死にかけてるって、どういうことだよ。
「仕方ないなぁ~、それじゃ行こうか」
 行くってどこへ? 
 男の子が指をパチンとならしたら、また突然目の前の景色が変わった。
 そこは真っ白な部屋で真ん中にベッドがある。どうやら病室らしい。
「見てごらんよ、寝てるの君でしょ?」
 そんなはずはないと全力で否定しながら確認する。悔しいけど青白い顔して呼吸器を付けたぼくが横になっていた。白衣を着た医師が何やら両親に説明している。「今は落ち着いていますが、予断を許さない段階です」
 何を言っているんだ。意味わかんねー。このまま死んじゃうってこと?  
 
 無性に腹が立ってきた。
「なんなんだよ。いったいどういうことなんだ。お前は誰だよ!」
「ぼく?ぼくは天使だよ。わからない?ほら背中に羽があるでしょ」
 見ると本当に背中に羽があった。小さい羽でとても飛べそうにないけど。
「うるさいなぁ。今はまだ飛べないけど、そのうち飛べるようになるんだよ!考えていることわかるからね、気を付けろよ。」
「天使ってどういうことだよ、そんなのいるわけねーし」
「言ってくれるねー、神様~美雪ちゃんとデートできますようにって何度も祈っていたのを忘れたのか?」
 えぇーー!何で知ってんだ?美雪ちゃんとは塾で同じクラスになって、可愛いなって気になるようになって、何とか隣の席に座れるようになって、それから・・・「それから今度一緒に映画でも一緒にって誘ったんでしょ?」
「何で知ってんだよ、誰にも言ってないのに」
「誰のおかげでデートできたと思ってんだよ。ぼくが恋のキューピットになって、天使の弓矢で美雪ちゃんのハートを射抜いてあげたのに、感謝して欲しいね」 
 感謝しろと言われても、まだデートできてないし。美雪ちゃんがもうすぐバレンタインだから、チョコレート作って行くねって言ってくれていたんだ。一緒に食べたかったな。女の子からチョコもらったことなんてなかったし、人生初のモテ期到来だったのに。
「仕方ないよ、車に跳ねられてこの状態じゃあね」天使がベッドで寝ているぼくを見てつぶやいた。
 そんなの酷いよ。美雪ちゃんともデートしたかったし、一緒にチョコ食べて映画見て。同じ大学受験して、やりたいこといっぱいあるのに、どうしてこんなことになってんだよ。

 思い起こせばいつもそうだ。うまく事が運びそうになっても、ぼくはいつもヘマして駄目になる。小学5年の体育祭のリレーでは、選手に選ばれてみんなで優勝狙ったのに、ぼくが転んでしまって最下位になってしまったし、中学のサッカー部の試合でも、レギュラーに選ばれて、みんなで必死に作ったチャンスで、シュートを空振りしておじゃんにしてしまったり。いつもいつも最後はバッドエンドだ。

「だからまた諦めるんだ?ここで終わっても仕方ないって、自分の非力さを呪いながら、また諦めるんだね?」
 天使が何言ってんだ?ぼくはこうして病院で死にかけて、母さんたちも泣いてるじゃないか。もう終わりだよ。
「終わり?まだ死んでないでしょ?死ぬって誰が決めたの」
「じゃあ何とかしてくれよ、天使なんでしょ。奇跡とか起こせるんじゃいの?」
 天使はぼくの事を見つめたまま、また指をパチンと鳴らした。

 目の前に映ったのは、病院の待合室で座っている美雪ちゃんだった。
「彼女ね、君が車に跳ねられた瞬間を見ていたんだよ。そしてすぐに救急車を呼んで、一緒に救急車に乗って付き添ってくれていたんだ。知らなかったでしょ?」
 美雪ちゃんは俯いたまま座っていて、手には小さな箱を大事そうに持っている。あれはきっとぼくへのプレゼントで作ったバレンタインチョコレート。せっかく作ってくれたのに、無駄にしてしまったんだな。美雪ちゃんに怖い思いさせて迷惑かけて、最悪だ。
「チョコ、食べたかったんでしょ?」天使がニヤニヤしてぼくをからかう。
 そうだよ、美雪ちゃんと一緒に映画見てランチして、どこかの公園のベンチで一緒にチョコレート食べて、これからのことを二人で考えていきたかった。美雪ちゃんとは同じ大学を受けることになっているんだ。大学受験も大詰めで勉強は大変だけど、そんなの関係ないくらい美雪ちゃんとはお互いに高め合える関係なんだ。これからだってきっと変わらない。こんな形で終わるのは嫌だ。せめて謝りたい。こんな風に怖い思いさせて、ごめんって。ずっと一緒にいたいし、大切にしたいと思っているのに。
 

「その言葉を待っていたよ、希望は持たないとね」天使はそういうと、背中の羽を一本抜いて目の前に差し出した。
「ぼくは恋のキューピットだよ、少しくらいなら奇跡を起こせる。だけどそれは本人が望まないと叶わないんだ」そう天使が言った瞬間、持っていた羽が虹色に光り消えていった。
「きっとチョコレート食べられるよ」

* * * * * * * * * * * *

 事故から半年後。
 美雪ちゃんと改めて因縁の渋谷のハチ公前で待ち合わせして、おさらいをするように二人でデートをした。
「あの時は怖がらせちゃってごめんね。でも美雪ちゃんのお陰でこうして元気になれたし、来年こそ大学受験頑張るよ」
 ぼくは事故のせいで現役での大学受験を諦めるしかなかったけど、怪我の回復も順調で、後遺症もなく生活できている。美雪ちゃんは晴れて希望大学に合格して、予備校に通うぼくを応援してくれている。
「あの時渡しそびれちゃったけど、チョコレートまた作ったから食べてくれる?」
 美雪ちゃんが差し出した小さな箱には、リボンの代わりに白い小さな羽が飾られていた。
「トリュフチョコレートなんだけど、2回目だから結構うまく作れたと思うんだけどな」と、箱からひとつ取ってぼくの口に入れてくれた。
 この幸せな瞬間が迎えられるなんて、奇跡って本当にあるんだな。
 口の中いっぱいに、ほんのりビターでカカオの香りがした。
 
 

  

   
 
 
 

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