人間から「恐怖」の感情を全く取り去ることのできる方法を発見…て本当に?

"人間から「恐怖」の感情を全く取り去ることのできる方法を発見"なんて記事が出ていました。(下記のURLはLivedoor newsのものですが、記事タイトルでググルと、AmebaやマイナビやBiglobeでもまったく同じ内容の記事がひっかかってきます。)http://news.livedoor.com/article/detail/8875545/

 気になったので、元になった論文を探してみることにしました。Livedoor newsの記事を見ると、どうやらsparkonitという英語のニュースサイトを元に書かれたもののようです。
http://sparkonit.com/2014/05/05/fear-can-be-turned-on-or-off-through-dna-modification/

この英字ニュース記事のReferenceを見ると、元になった論文が見つかりました。
http://www.pnas.org/content/early/2014/04/22/1318906111.abstract?sid=898d49b5-ddeb-4c8a-b812-59f67682f582

結論から言うと、"人間から「恐怖」の感情を全く取り去ることのできる方法"なんて発見されてません。Livedoor newsとかAmeba newsとかの科学記事を鵜呑みにしてはいけませんね。マイナビはちゃんとした科学記事を載せていることも多いだけに残念です。

ではどんな内容だったのか。要約すると、
・恐怖を解消するための訓練を行うと、脳の細胞においてTet3という遺伝子が作る酵素(Tet3タンパク質)の量が増える。
・Tet3タンパク質には、DNAに含まれている"5-メチルシトシン"という物質を"5-ヒドロキシメチルシトシン"という物質に変換する働きがある。
・Tet3タンパク質が、恐怖解消に関係する遺伝子のDNAに含まれる5-メチルシトシンを5-ヒドロキシメチルシトシンに変換すると、恐怖解消に関係する遺伝子の働きが上がる。
・逆にTet3酵素が増えるのを妨げると、恐怖解消のための訓練をしても、恐怖解消に関係する遺伝子の働きが上がらない。その結果、恐怖は解消されない。
…というものです。

つまり、「恐怖を解消するための訓練をした時に、脳の細胞内で何が起こっているのかを解明した」のであって、「訓練無しで恐怖を解消する方法を発見した」のではありません(しかも人間ではなく、少なくとも現時点ではマウスでの研究なので記事タイトルの"人間から"の部分もおかしいです)。

そして恐怖を解消するための訓練自体は「ある音を聞かせながらマウスに電気ショックを与える」→「その音を聞くと怯えるようになったマウスに、今度は"音だけ聞かせて電気ショックは無し"というのを繰り返す」…という、遺伝子操作なんて全く関係しない古典的な方法です。…Livedoor newsでは「オーストラリアのクイーンズランド脳研究所が人間から恐怖の感情を全く取り去ることのできる方法を発見しました。聞くとちょっと怪しく感じますが、その方法は遺伝子を操作することによって行われるそうです。」なーんて書いてますけどね。

Livedoor newsの記事タイトルでググると、記事内容を鵜呑みにした人がクイーンズランド脳研究所について「閉鎖すべき研究所」とか言い出したりしてて、実際と違う話を流された挙句それに基いて責められるクイーンズランド脳研究所もいい迷惑でしょう(いやまあ、日本で何言ってても、そもそも向こうには届いていない可能性が高いですが)。

なお、Livedoor newsが元にしていた英字ニュースサイトの方はわりと元の論文に忠実で、"人間から「恐怖」の感情を全く取り去ることのできる方法を発見"だなんてことは書いてありません。論文の著者のコメントとして「こういうことを解明していけば、将来的には不安障害治療の標的を見つけられるかも」という発言をちょろっと載せているだけです。それが日本語記事になると”人間から「恐怖」の感情を全く取り去ることのできる方法を発見”なんて話になってしまい、「閉鎖すべき」とか責められ始めることに、全く取り去ることのできない恐怖を感じる今日このごろです。

ちなみに、Tet3タンパク質、もしくはTet3タンパク質を作るための遺伝子を脳細胞に入れたら訓練無しで恐怖を消せるんじゃないの?と思う人もいるかもしれませんが、少なくともこの研究ではそんなことはしていません。また、タンパク質や遺伝子を生きた人間の脳細胞に送り込むこと自体が困難である上に、恐らくは恐怖の記憶に携わっている脳細胞に限定してそれらを送り込む必要があると考えられ(無関係な細胞にまで送り込んでしまったらどんな副作用が生じるか分かったもんじゃないです)、そんな脳細胞を見分けてそれらにだけ遺伝子やタンパク質を外から送り込むというのは、私の知る限り現在の技術では不可能に思えます。

人為的に恐怖を解消させる、というならば、こちら↓の論文の方がそれに近い話でしょう。
http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/9287
ただし、こちらも"恐怖を最初から感じなくなる"わけでもなければ、"一度覚えた恐怖が何もしなくても解消される"というわけでもはなく、”恐怖解消のための訓練の効果が薬剤によって上がる”というものです。

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