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<傍聴記録>小田急線刺傷事件 対馬悠介被告人の被告人質問 全記録(その1)

東京地裁 -刑事事件-
(審理公判)

2023年6月29日(木曜)10:00~15:55 710号法廷

罪名:殺人未遂、窃盗、窃盗未遂、器物損壊、銃刀法違反

被告人:対馬悠介(勾留中)

<公訴事実>
①2021年7月15日に、下北沢の古本屋でゲームカセットを窃取しようとして、ビニールの包装をはがしたが商品は見本品であったため、中身が無く、他の陳列棚に放置して立ち去った(窃盗未遂)。
②同年8月6日朝、神奈川県内のコンビニエンスストア「ローソン100」でペットボトルに入ったお茶を窃取した(窃盗)。
③同日20:30頃、登戸~祖師ヶ谷大蔵駅間を走行中の電車内で大学生(当時20歳)に対して、その胸や背中を包丁で数回突き刺した他、当時32歳と当時52歳の乗客を負傷させ、大学生は全治3カ月、2名は1~2週間のけがを負った(殺人未遂・銃刀法違反)。

―――10:01 被告人入廷
黒の長袖シャツに、黒色のズボン、白いマスクをしていた。好青年という印象で、法廷での受け答えはしっかりとした声で、週刊誌や当時の報道などで想像していた人物像とは全く落ち着いていて非常に驚いた。


―――10:03 開廷
▷本日は弁護側からの被告人質問のみで終了した。
―――犯行時の生活状況等
弁護人:「まず、初日に朗読された起訴状の事実について、間違いはない?」
被告人:「ハイ。」
弁護人:「まず、事件当時はどこに住んでいた?」
被告人:「川崎市のアパートに住んでいました。」
弁護人:「誰かと一緒に住んでいる?」
被告人:「いいえ、一人暮らしです。6年前から住んでいます。」

弁護人:「生活費は?」
被告人:「令和3年3月から生活保護を受給していました。」
弁護人:「35歳と若いのに、なんで申請したの?」
被告人:「2月まで仕事をしていたものの、限界だと思って、退社してしまい。今までだったら、直ぐに新たなところを探していたが、気持ちがきつかったので、一度気持ちを落ち着かせて、また仕事をしようと思って。」

弁護人:「その時の心の状況は?
被告人:「今までアルバイトを転々としていて、これ以上、ボクにできる仕事がないなと心が疲れました。心が擦り切れたという表現が近い。
弁護人:「生活保護を受けるまで仕事は?」
被告人:「パンの工場でのライン仕事です。長時間立ちっぱなしで、具体的に不良品をはじいたりする単調な仕事。」

弁護人:「生活保護を受けてからの生活は?」
被告人:「5月までは、ずっと家に引きこもって、起きている時間は動画を観て、医者とご飯を買いに行く以外は外に出ませんでした。」
弁護人:「その後は?」
被告人:「5月になっていくと、気分が復活してきて、外にでようかなと。そこから7月中旬くらいまでは、外に出ることが多くなりました。」
弁護人:「どういうところに行った?」
被告人:「都内で、山手線沿線を散歩程度で。」

弁護人:「生活保護費は月額いくら?」
被告人:「10万5000円です。」
弁護人:「具体的な使い道は?」
被告人:「家賃、光熱費、食費でそれを引くと1万円余るくらいです。」
弁護人:「家賃はいくら?」
被告人:「3万円です。」

―――万引き
弁護人:「万引きはいつ頃から始めた?
被告人:「2021年の5月のGW最終日、たぶん5月5日からです。
弁護人:「それまでは?」
被告人:「したことがありません。」
弁護人:「最初の万引きをしたきっかけは?
被告人:「まぁ、新宿に散歩がてら行って、そしたらGWで周りが賑やかで楽しそうにしていて。私は1人であてもなくポツンとそこにいるのが惨めで、怒りに変わって、イライラしてしまい。丁度、喉が渇いていたので飲み物を万引きしてしまいました。
弁護人:「怒りだけではなく、お金が足りなかったのでは?」
被告人:「生活保護だったので、それもあります。レジから離れてて、レジまで行くのが面倒くさくて、これは万引きできるなと思って。」
弁護人:「それから事件までの8月まで、継続的に万引きをするようになったのは?」
被告人:「味をしめるようになり、欲しいものは万引きで手に入れられると知り、万引きするようになりました。」
弁護人:「怒りは?」
被告人:「万引きをするようになって、解消された。」

―――殺人欲求
弁護人:「電車内で人を殺そうと思ったのはいつ頃から?
被告人:「6月か7月(2021)あたりからかと。
弁護人:「電車の中で人を殺す以外に、想像したことは?
被告人:「非現実的なこととして、渋谷のスクランブル交差点に爆弾を落としたり、日本刀で若いカップルを首ちょんぱしたり想像しました。
弁護人:「なぜ、そういう発想をするようになったの?
被告人:「周りの人は、何不自由なく暮らしているなと、折り合いをつけて。なんか、ボクだけが貧乏くじを引いたみたいな。そんな考えが歪んで、憎しみへと変わっていきました。
弁護人:「他の人が幸せそうに感じた?」
被告人:「あらゆる人が幸せに見えました。同じ空間にいても、ボクだけが世の中が灰色に見えるみたいな。」
弁護人:「幸せに見えた人は?
被告人:「身だしなみとか、服とかが新しかったり、カップル、家族、そういう人達です。
弁護人:「その時の頭の中は?
被告人:「コンプレックスみたいな、そういうことが刺激されて、嫉妬みたいな。
弁護人:「人に憎しみを持ち始めたのはいつ?」
被告人:「事件の3~4年前、、いやもっと前かもしれませんが、コンビニで派遣の仕事をしていて、毎日毎日いろんな店舗のレジを打っていて、いろんなお客さんに会っていて。」
弁護人:「バイトではどこが気に入らなかった?」
被告人:「派遣先の人が物のように扱ってきて、洗ってないユニフォームを袋から出して、ファブリーズをかけただけで渡されたり、酷いお客さんが沢山いて。」
弁護人:「コンビニバイト以外では?」
被告人:「ライブ会場の設営をしていたが、その時はこたえました。ボクより年下なのに生意気で、職員の言葉遣いも悪くて、主語のない意味の分からない指示なのに、間違えると怒られる。」
弁護人:「女性や男性から見下されているとか、軽くあしらわれているとかは?」
被告人:「男性からは結構ありました。女性からは思い出してみると、数個のエピソードしかありません。デートの途中で帰られたり、自分との時間を他のスケジュールのつなぎに使ったりと。」

―――犯行道具
弁護人:「事件の包丁を買ったのはいつ?」
被告人:「事件の3・4年前です。」
弁護人:「なぜ、買った?
被告人:「丁度、仕事を辞めた時で、これは死ぬしかないなと思い。
弁護人:「実際に自殺しようとした?
被告人:「その時はしなかったが、しばらくしてから。この日までに死のうと決めていて、その時期が近づいてきたから予行練習にと軽く刺したら、結構血が出てきて、満足した。

―――病気
弁護人:「病気のことについて、双極性障害の治療は当時は受けていた?
被告人:「月に1回、医者と話をして、薬を出してもらっていました。
弁護人:「双極性障害の説明はできる?」
被告人:「ハイ。誰しも気分の浮き沈みはあると思うんですが、この症状の人は浮き沈みが激しい。私は、寝ている時間がもったいなくて、夜中に近くにバスケをしにいったり、昔の知人を飲みに誘ったりと。
弁護人:「うつ状態の時は?
被告人:「あまりお風呂に入らなかったり、医者にも通えなくなったり、寝ている時間が幸せって感じです。
弁護人:「初めて通院したのは?」
被告人:「26歳の時です。大学の中退が2009年なので、2012年とかかと。」
弁護人:「受診したきっかけは?」
被告人:「大学時代に色々おかしくて、困ったと、人と違うなって仕事も続かなかったりと、その頃調べました。」
弁護人:「最初に症状が出たのはいつ?」
被告人:「私の主観になってしまいますが、大学1年の3月、サークルの合宿中にそこで寝たきりになってずっと寝てました。」
弁護人:「ハイ(気分が高揚すること)になることは?」
被告人:「大学2年の3月に、同じく合宿中に、すごいハチャメチャ過ぎて色々な人に迷惑をかけました。薬をやってんじゃないかとかいわれ。」
弁護人:「具体的には?」
被告人:「先輩の顔にマヨネーズをかけたり、突然川に入って泳いだりと。」
弁護人:「大学を中退したら、うつ状態は繰り返された?」
被告人:「ハイ。」
弁護人:「具体的には?」
被告人:「仕事を辞めて、寝てる感じです。」
弁護人:「治療は受けていた?
被告人:「行ったり、行かなかったり。ちょっと元気になれば通院しなきゃと思っていました。
弁護人:「事件当時の2021年の3月頃は?」
被告人:「その頃は、疲れていた状態です。」
弁護人:「5月頃は?」
被告人:「割とよかったです。」
弁護人:「6月は?」
被告人:「6月も割とよかったです。」
弁護人:「7月になってくると?
被告人:「7月の中旬あたりから、生活のリズムが崩れて、夕方に起きるようになったり。

※質問する弁護人が変わって
弁護人:「捕まってからは薬を飲んでいる?」
被告人:「留置場ではむしろ5種類飲まされたが、拘置所では2種類になって。」
弁護人:「警察署にいる時は診察を受けた?」
被告人:「ハイ。1回病院に連れて行かれました。」
弁護人:「拘置所では?」
被告人:「受診はしてません。」
弁護人:「それでも薬は減ったと?」
被告人:「ハイ。」

―――10:54 一時休廷に。
11:20に再開された。


(その2に続く)

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