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11月に読み終えた本

ふと思い立って、ジョギングの距離を1.5倍にした。6kmから9kmになったのだが、身体的にも精神的にも負荷があんまり変わらない印象で、意外だった(身体的にはまだ全然いけるだろうという思いはあったが)。距離が伸びてコースが若干変わると、個人的なチェックポイントも変わるので、距離的にはまだまだなんだけど周りの景色的にはおもしろくなった、みたいなことが起きて、新鮮な気持ちで走れているのかもしれない。まあ、慣れたらまたなんとも思わなくなりそうだが。

坂上陽三『主人公思考』(KADOKAWA)

アイドルマスターシリーズの総合プロデューサー、ガミPこと坂上陽三氏の仕事について語った本。あまりビジネス書のたぐいは読まないのだが、ガミPの本なら話は別ということで、早速読んだ。

ガミPはメディアに出ることも多くて、トークも慣れていておもしろく、飄々としているのが印象的だが、仕事においてのコミュニケーションも変わらずらしく、すごいと思った。会社員として、アイマスのプロデューサーとして、ユーザーを第一に考えているということはメディアでも伝わってくるのだが、仕事ぶりを読んでもやっぱり同じなようで、「ファン(アイマスP)」としては非常に安心したし、頼もしいなと思った。ビジネス書としては多分似たようなことが書いてあるものも多いのだろうが、少なくともメディアに出てくる姿を知っているからか、具体的に理解しやすかったと思う。

アイマス以前の話とか、アイマス裏話、他の制作プロデューサーからのコメントなど、なかなかここまでの話は出てこないので、おもしろく読んだ。「優秀」というとなんだかちょっと違う気もするが(仕事ができるのは間違いない)、とにかくユーザー第一に、どうしたらおもしろくなるかということを常に考えているのだなあということがわかって、アイマスの総合Pがこの人で良かったなあと思ったし、これからも活躍してほしいと思う。

最後に重要なことだが、 表紙の春香が可愛い。


江口宏志『ぼくは蒸留家になることにした』(世界文化社)

千葉の大多喜町でmitosayaという蒸留所をやっているという著者のお話。この人は、元々UTRECHTという本屋をやっていたのだが、思うところあって蒸留家の道を志したというなかなか異色の経歴をお持ちの人。蒸留所のことも本屋のことも知っていたのだが、結びついていなかったので、驚いた。

この本では本屋時代に蒸留という技術に興味を持って惹かれていき、蒸留家の元で修行をして、実際に蒸留所をオープンさせるまでの道のりが書かれている。「いつはじめても遅いということはない」という言葉があるけれども、実際はお金も時間もかかる大きな転身は、いま(40代半ば)がラストチャンスだというようなことが書かれていて、たしかにそうだよなと思った。そういうチャンスで決断できるというのはすごいことだと思う。

あまり自分の飲んでいる酒が醸造酒なのか蒸留酒なのかもよくわかっていないようなやつなので、そのへんの違いや作り方など、基本的なところも読んでておもしろかった。ブランデーというと個人的にはワインとかウイスキーよりも更に敷居が高そうな印象があるので、いろんな果実や草花から作ることができて、香りを味わえるというのが興味深いところだなと思う。蒸留所はたまにオープンデーというかたちで一般に開放して見学や試飲などができるらしいので、行ってみたい。


松岡和子訳『リア王 シェイクスピア全集5』(ちくま文庫)


ひと月空いてリア王。

この作品も、ハムレットやマクベス同様に「狂気」が書かれているが、それらに比べても一層激しい狂気が書かれているような気がした。最初は道化が、そしてリアが、エドガーが、といったように「狂人」たちがどんどん現れる。しかし道化はそういう役回りとして、そしてエドガーは己を隠すために狂人である/になるのに対して、リアは本当に狂う。その激しい狂いっぷりが彼の絶望や憎しみの深さを表しているのだが、一方で、狂う前の、娘たちや家臣に対しての苛烈な振る舞いも、彼以外の人物や読み手からすると「乱心」という感じで、始終狂っているようにも見える。現代から見ると(当時も三姉妹やケントの目からは)あまりにも理不尽という感じがするが、一方で、ほぼ全編通して激しさを保ち続けるリアがある意味ですごいなという気持ちで最後まで読んだ。

三女のコーディリアはリアにとっては災厄のはじまりのような娘だが、読者の目線からすると、一貫して筋の通った行動・言動、姉たちの行いと比べるといかにも聖人君子のような印象を与える。しかし訳者あとがきでは、この作品にまつわるセクシュアリティやジェンダーの話が書かれていて、そう単純な話ではないのだなということがあとからよくわかって興味深かった。無性化されたコーディリア(あるいは三姉妹のセクシュアリティ、ジェンダーの歪み)、母の不在、リアの女性嫌悪など、これらグロテスクさも、この作品の狂気のいち要素だなとあらためて思った。

河合祥一郎の『シェイクスピア』を読み、シェイクスピア作品にはだいたい「副筋」があるというのがわかったので、グロスター家の話もリアの一家の話に呼応するものとして読めて、なるほどこういうものがあると話が立体的になるのだなということがよくわかった。


ショーン・バイセル『ブックセラーズ・ダイアリー――スコットランド最大の古書店の一年』(白水社)

神保町ブックフリマの白水社のところでなんとなく買ったのだが、非常におもしろかった。著者はスコットランドはウィグタウンという本の街で「古書店」を「衝動買い」してしまったという人で、店にやってくるお客や従業員の様子や、アマゾンなどのネットショップへの愚痴、ブックフェスティバルで起こるさまざまなことなどを、皮肉たっぷりに、あるいは愛情を込めて書く。その筆致は淡々としているが、しかしおもしろい。

日記なので、書かれていることはふつうに仕事の話である。売上がどうとか、従業員がおかしなことを言ったとか、店に無礼な客が来たとか、暖房がきかなくて寒いとか、そんな話ばかりなのだが、文章が上手くてすいすい読んでしまう(訳も良いのだと思う)。毎月ジョージ・オーウェルの『本屋の思い出』という本から一節抜いて、それについて前書きみたいに書いているのだが、それも良い。本屋(古本屋)に来る人も、店をやる人も、時代が変わっても同じなのだなと思っておかしい。

たまに出てくる本の知識や、読んだ本の話も興味深くて、いくつか気になってAmazonの欲しいものリストに入れたり、Wikipediaで調べたりした。そんなAmazonへの呪詛というか恨みつらみというか、そういうものもしばしば登場する。ちなみに、店にはショットガンで破壊したKindleが飾ってあるらしい。

店は世界的に有名になっているらしく、観光客もこの店やフェスティバル目当てにたくさんやってくるらしい。自分もこの店に行って、どんな対応をされるか、実際に体験してみたくなった。


イヴォン・シュイナード『新版 社員をサーフィンに行かせよう――パタゴニア経営のすべて』(ダイヤモンド社)

パタゴニアの服は昔からの憧れだった。自分がファッションに興味を持ったころは、パタゴニアのダウンジャケットとかフリースなんかが流行っていたりして、欲しいけど高くて手が出なかったのをよく覚えている。最近は少しは手が出るようになってきたのでたまに買うが、いまだに「パタゴニア買ったぞ……」という気分になる。

そんなパタゴニアの創業者が書いたこの本、非常に有名なのに未読だったので、そろそろ読むかという気持ちで読んだ。今月はガミPの本も読んでいて、めずらしくビジネス書が多い。

パタゴニアのミッション・ステートメントは「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」であるとされる。この「環境」を守るという理念からすべての意思決定がなされ、製品づくりから販売流通、マーケティング、人材活用、寄付にいたるまで、徹底されていることがこの本で語られている。

企業活動というものは(資本とか経済といったものは)、どうしても自然環境を蔑ろにしてしまうところがあるけれども、パタゴニアは環境を守るということをラディカルに徹底することで、しかし売上もしっかり上げているというのが非常に興味深い。たしかに、思い返してみると、直営店ではもはや買い物袋を売ってもいない。知ったときはビックリしてしまったが、実際には、そのことがパタゴニアらしさのブランディングとしても活きるし、消費者に考えさせる契機にもなるというような仕組みになっているわけである。すごい。

いまではこういうブランディングは珍しくないが、パタゴニアの場合は、著者の好きなことをやるために、そしてそれを続けるために(環境を守らないとアウトドア活動もできないという意味で)、やるべきことはやる。というところからスタートしているところが感心してしまう。

憧れの仕組みがわかったところで、今年の冬はパタゴニアでダウンを買いたいなと思っているのであった。ちょろい。