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それでMFA(美大修士)ってビジネスにどう活かせるの?〈後編〉その2:Synthesis編

ビジネスにおけるMFAの活用の具体的なポイントを後編にてお伝えしています。本投稿は後編の2、Synthesisパートのご紹介です。Synthesisという言葉はピンと来ない方もいらっしゃるかもしれませんが、このパートは、デザイン思考と呼ばれるものがこれまでのビジネスの思考法と何が違うのか、アイデア発想って結局なんなの、と腑に落ちてない方に是非読んで頂きたいパートです。

はじめに

人々を魅了するものを提案するメカニズムとして3つのプロセス Input → Synthesis → Output がベースとなると前編にてご紹介しました。

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この後編では、それぞれのプロセスごとに、〈What〉MFAの何が活かせるのかをより具体的に、そして適宜〈How〉MFAがどのように作用するのか、についてご紹介しています。前回はOutputプロセスの具体的なポイントについてご紹介しました。

そちらで、人々を魅了する提案の法則として、必要な要素3つをご紹介しました。

人々を魅了するために必要な要素(再掲)
① 秩序:複雑なものや相反するものを一つへと帰結させたもの
② 調和:今あるものに対して快感を感じるほどピッタリくるもの
③ 生気:それ自体にそこはかとないエネルギーを感じるもの

特にこの①や②の要素を持った提案をするための肝が、Synthesisパートにあります。どのように作用させるのか、Synthesisパートを噛み砕いてお伝えしたいと思います。

2. Synthesis

日本語に訳すと統合。辞書では(異なる要素の)統合、と書かれています。けれど、実際に日本人がイメージする統合と少しニュアンスが違います。その辺りの違いを掴んで頂けると嬉しいです。重要となるSynthesisにおいてのポイントは以下であると前編でご紹介しました。

Synthesisにおけるポイント
① 問い:同質化に繋がらない新しい問いを立てること
② 統合:問いを立てる際、解を出す際も、あらゆる要素に分解して、それらの要素を統合すること
SynthesisにおけるMFA活用ポイント
① 問い:これまでにない新しい問いを組み上げる力《アート実習》《デザイン実習》
② 統合:要素を分解させる粒度を今までないものにする力《アート実習》《デザイン構想》

このポイントそれぞれに対する重要性については、同じく前編でご紹介しているので、重要である前提で、これらのポイントについてそれぞれをさらに具体的にお伝えしたいと思います。

2-1. ポイント①同質化に繋がらない新しい問いを立てること

新しい問いとは、その言葉通り、誰もが気づいていなかったような問いを指します。ここで立てた問いの質によって、その問いに対する解の質が決定づけられます。いけてない問いを立てればいくら一生懸命解を考えても良い解に出会うことはありません。相対性理論で有名な物理学者アインシュタインも同様の言葉を残しておられます。

もし私がある問題を解決するのに1時間を与えられ、しかもそれが解けるか解けないかで人生が変わるような大問題だとすると、そのうちの55分は自分が正しい問に答えようとしているのかどうかを確認することに費やすだろう
アルベルト・アインシュタイン

このように、人々を魅了するような提案を解として出したいのであれば、それを導くための問いこそが重要です。ではどのようなことを守れば、新しい問いを立てられるのか。新しい問いを立てるためのポイントをお伝えします。

同質化に繋がらない新しい問いを立てるためのポイント
①あれ?と思うような驚くべき事象を捉えた、二律背反の要素を入れた問いの立て方をする〈要素①秩序を導くため〉
②調和させたい対象を徹底観察し、その情況を問いに入れこむ〈要素②調和を導くため〉

①は「XXXだけれどもYYYといった要素を持つ○○のあり方は?」のような問い。XXXとYYYが二律背反と思われるような要素にしておくこと。その要素はこれまであまり着目されていなかったような事象を捉えたものにすること。人々を魅了する提案に必要な要素①秩序:複雑なものや相反するものを一つへと帰結させたものを導くために、このような問いの設定の仕方をするのです。

②は「消費者がaaaという情況の中で、bbbという感情を持つことができるようになるための体験は?」のような問い。aaaはその対象者に対しての観察で発見したものが書かれていなければなりません。人々を魅了する提案に必要な要素② 調和:今あるものに対して快感を感じるほどピッタリくるものとするために、同じく問いを立てる時に意識することが必要です。

あまり着目されていない事象を捉えるためのポイント、観察を通じた発見をするためのポイントは、Inputプロセス編にてご紹介します。

さらに問いの立て方には技術的なテクニックがあり、細かな問いのデザインの仕方や手法は、安斎さんの本で学べることが多いと思いですのでご参照ください。

改めて、上記で示した2つのポイントを抑えた問いを立てるということで、魅了される解を導くきっかけを作ることができます。あくまでもきっかけ。それに対してどのように解を導いていくのか、次の項で示します。

2-2. ポイント②あらゆる要素に分解して、それらの要素を統合すること

あらゆる要素への分解と統合を行うことがポイントで、これは問いを立てる際にも、問いの解を見つける時も用いるのですが、わかりやすく、問いの解を見つけるときに絞ってお伝えします。このパートは、わかりやすい言葉でいうと、アイデア発想の部分にあたります。ビジネスの世界でも、新しいアイデアを出そう、とりあえずアイデア発想のワークショップをしましょう、という声が広がって来ていますが、それと本項が紐づいています。

アイデア発想は、色々なフレームワークが用意されているので体験した方も多いと思いますが、その一つ一つのフレームを覚えてもあまり意味がないです。実は原理があるので、その原理を抑えることの方が重要です。その原理に基づくことで新しいアイデアが導出されます。川喜田二郎氏の著書発想法や、ジェームス・W・ヤング氏のアイデアのつくり方でも原理が紹介されており、現代のデザイナーが作っている方法論やフレームワークはその原理に基づいて作られています。

こちらの著書では、アイデア発想の原理として以下ご紹介されています。

アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである。事物の新しい関連性を見つける。
by ジェームス・W・ヤング

要素の新しい組み合わせ、つまり今回のテーマの統合ですね。また、全く違う側面で、ビジネスの世界においても、イノベーションの父とも言われる経済学者のシュンペーターは、以下のように語っています。

異質な新しいものを導入することを「新結合」と呼び、新結合を実行することを、ラテン語の"innovare"(内に新しい発想を導入し、新しくする)に、実行するという意味をかけて、シュンペーターが造語したものが"innovation(新結合の実行)"である
by シュンペーター

そうです、イノベーションは、新結合と呼ばれています。要素と要素を統合する、ということが原理であると語られています。ビジネスにおいて何か新しい提案をする際に、要素と要素を統合することが本質的な原理であるということが伺えます。

では、その統合について理解を深めていきましょう。この統合というプロセス自体にもポイントがあります。単純に要素と要素を統合すればイイというわけではありません。例えば、スーパーマーケットにドラッグストアを統合しようというアイデアを出したとしても、新しいアイデアだね、とはならないでしょう。組み合わせる要素の粒度感に新しさが伴っていないといけません。その粒度感に新しさを持たせるために、どのようなポイントを押さえながら実施するべきか、以下にご紹介します。

要素の分解・統合においてのポイント
①(驚くべき事実を発見している前提で)その事実を説明できるような未知な組み合わせ仮説を、知識を用いて発想すること《発想推論》
②用いる知識は、自分の経験、ひらめき、そして他の知をベースに扱うこと
③発想した未知の仮説に対して、美しさの3つの観点でこの仮説にしようと止めること

①については、一般的な思考法から読み解くことでご説明します。世の中で定義されている思考法は、分析的な推論と拡張的な推論に分かれます。分析的な推論は、いわゆる演繹法で、大前提に結論が含まれているため新しい発見に至ることはありません。今回対象としているのが、拡張的な推論の方で、特に発想推論(アブダクション)というものを使いましょうということです。発想推論、つまり、驚くべき事実に対し、その事実を説明できるような未知な仮説を知識を用いて導く、という推論法を使う、ということです。驚くべき事実、というのを見つけることが前提であり、その際に既知の知識を用いるということ、新しい発見を発想することがポイントです。ニュートンも、この発想推論によって万有引力の法則を導き出したと言われています。

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また、少し話がそれますが、論理思考に対抗してデザイン思考と言われる所以は、この取り扱う推論法の違いにあります。ビジネスパーソンが一年目で論理思考を学ぶとき、演繹法と狭義の帰納法を学びますね。発想推論というのは、学びとして世の中的に定着させていなかっただけで、どこの経営者も古くから自然に行ってきた推論法であり、ビジネスの意思決定において重要な思考法です。これをデザイン思考と呼んで、昨今広まってきたという背景があり、論理思考とデザイン思考と棲み分けられるようになりました。本質的には、その分類の仕方より、分析的方法かそうでないか、という整理の方が確からしいと思います。

前書きが長くなりましたが、この発想推論という推論法が、これまでなかった未知の仮説を提案できるための主たる方法となります。発想推論、つまり、驚くべき事実に対し、その事実を説明できるような未知な仮説を、知識を用いて導く、という推論法ですね。驚くべき事実というのをどのように捉えて見つけるかは、やはり事物に対する新しい見立てができる力が重要となりますが、そちらはInputプロセスで次回ご紹介します。

②この発想推論のうちの、知識を用いて導くということについて触れていきます。この既知の知識というものとの結合がなければ、発想推論として成り立ちません。また、取り出す知識によって未知な仮説というものの発想の方向性が異なってしまう、ということも明らかです。では、どのように知識を取り出すのか、この際にあらゆる要素・あらゆる粒度で分解した知識をもってきます。その要素が新しい関連性の発見に繋がるような粒度まで分解することが求められます。その知識の粒度の違いによって、驚くべき事実を説明できる未知の仮説をいくつも発想していくのです。

また、人間はこの既知の知識との結合を意識的にやる場合と無意識的にやる場合とがあり、ひらめきというのは、無意識的に脳内で同様の処理が行われている状態と言われています。シャワーを浴びている時間、夜コーヒーを飲みながら休んでいるときに良いアイデアを思いつく、ということはよく言われますね。これはひらめきという行為であるものの、脳内で無意識な知識の取り出しが行われると言われています。つまり意識的、無意識的いずれの場合においても、脳内に知を積み重ねておくことが重要ということです。

そして、他の知の活用。自身の経験、自身の脳内にある知識だけでは言わずもがな限界があります。皆でアイディエーションしましょう、というのが盛んですが、その理由として他の知を活用することの重要性が高まっているからです。他の知を活用した刺激が重要となります。もちろん、単純に多くの人が集まって知識を出し合うのは生産性が悪いです。そのために、向き合うべき問いを上段に掲げること、それに従って発想するという共通ルールが必要となります。

③出てきたいくつかの未知の仮説案に対して、どこでこれだと止めるか、が重要ですね。推論法も理解できたので、それでは未知の仮説を出してください、と言われても難しいのは実は、この仮説が美しい、というところで判断して止めることです。この止める時に、美しいという判断で止めるというのが、最後のポイントとなります。先にご説明した、魅了する提案のための要素3つを満たしている、と判断するということです。すぐに演繹法で論証をしようとしてはいけません。未知の仮説だからです。それを自信を持って提案することが求められます。このSynthesis編でしっかりとその美しいと感じられる仮説である時点で仮止めする必要性があります。

 - MFA活用ポイント

新しい問いを立てる際に、どのようにMFAが作用するのか。そして、要素と要素を統合をする際に、どのようにMFAが作用するのか。これは、アート実習・デザイン構想の授業を通じて、学ぶ機会を多く得ます。

アート実習・デザイン構想 授業例
・土曜朝10時に抽象的なお題を与えられます。11時ごろから製作開始し当日15時にそれにこたえる作品を提出。そこから全学生の作品を並べて、講師からの講評を順次受けます《アート実習》
・火曜夕方、今ないような新しい○○な提案をしましょう、というテーマを与えられます。週1で進捗を共有しチームや講師から批評を受けながら、4週間後に最終提案内容を発表します《デザイン構想》

どの授業でも、概ね新しい問いを立てないと前に進めないような授業ばかりです。往々にして、立てた問いが大したものでない場合、提案内容は早い段階で面白くないと言われます。何度も問いを立て直して、解くべき問いを見つけることを繰り返します。その繰り返しの中でSynthesisの力が鍛錬されていきます。

具体的なエピソード
アート実習で与えられるお題のひとつをご紹介します。アート実習は、当日の朝にお題を与えられて15時に制作物を展示し講評を受けるという授業です。ある日のテーマは「ある映画監督が語ったアヒルの姿を聞いて、その表現・言葉だけを頼りに、美しいアヒルを作ってください」というものでした。どのような語りかというと、以下のような内容です。

映画監督ディヴィッド・リンチ 美術手帖インタビュー
アヒルの関してはそのプロモーションとかテクスチュアでとてもおもしろいことがあると思うんです。大きさや長さも特定のものでなければいけない、あるいはテクスチュアに関しても特定のものだということが言えるわけですね。例えば羽を取ってみても、特定のテクスチュアを持っている。羽自体は、長くはなくて短いんですけれども、特定のもだと考えられるわけです。ー(中略)ー
だから、(目が)頭のど真ん中に付いていて、それでバランスが取れているということ自体が、美しいと思うんです(笑)

こういう調子でアヒルの姿について、頭・胴体・足等々のパーツごとにテクスチュアの違いが言葉でのみ表現されています。このインタビュー記事を読んで、美しいアヒルを作ってください、ときます。う・・・。なんとなく、ここに書いているある種のルールのようなものには添わないといけないんだということと、本物のアヒルの画像を見てそのまま作っちゃいけないんだろうな、ということには早々に気づきます。だからと言って、最初は無から始まります。美しいアヒルがすぐに思いつくことはありません。

私の場合は、最初頭を動かして自身で向き合う問いを見つけるために考えを巡らせます(40分)→その材料を探しに外に出ます(30分)→一旦思い描いているものを作り始めてみます(60分)→格闘するも思っている感じにならず絶望のままお昼に突入します(90分)→問いを立て直したり、自身が「美しい」と思えるかで判断して作り直したりを繰り返します(60分)→あ、これかも、という形に出逢います。

もちろん美大入学直後からそんな動きをしていたわけではありません。左が1年目の時に制作したアヒルで、右が2年目に制作したアヒルでした。この時は自身で問いを新たに立て直さず、羽根っぽい雰囲気を作ろうと黙々と作りはじめ、最後までいってしまいます。まず、自己採点として、美しくない。。そして作ることに精一杯なので展示して気づいたのが狂気性がある。

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2年目の方は、色々試している中で、風船という素材にたまたま出会い、膨らましていくうちに、膨らませ方でテクスチュアが変わることに気づき、それを起点に造形しました。

これは面白いですね。風船という素材でテクスチュアの違いを出すことで、お題に書いていた通りの目、頭・胴体・足のテクスチュアが表現されていて、パッと見て美しい。なるほど!という感じですよ。

と、先生から有難い講評を頂きました。一緒に参加していた同級生にもアイコンにしたい、かわいい!と共感の声をもらうことができました。

何が違ったのでしょうか。ちなみに、造形の技術力が高くなったということではありません。前段でご説明したポイントに従って、最後の提案に至るまでの自身の頭の中を表現すると以下のように示せるかと思います。

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1年目と2年目の違いで言うと、思考の過程において、驚くべき事実に出会ってない、という点と、取り出した自分の知識の粒度感がやはり新しくないと改めて感じます。そしてこれが美しいと仮説を仮止めする力の違いもあります。こういったSynthesis過程の違いによって、結果として提示する未知の仮説の美しさがここまで違ってきます。

美しい魅力的な未知の仮説の提案において、上記で示したようなポイントを抑えているかによって結果として違いが明らかであることをご理解いただけたかと思います。一つだけ、添えておくと、手を止めて考えているだけでは、この驚くべき事実には気づかなかったと思います。手を動かして何回か失敗だと思うものに出逢いながら、新しい粒度感まで要素を分解し再統合するということを繰り返さないことには、出会えないものだということにも気づかされました。

MFAではこのようなお題が毎週与えられます。どれも正解があるお題はひとつもありません。美しい○○を、魅力的な○○な提案を、ということがお題にかかれていることが多いです。アート実習とはいえ、技術力に依存するような美しさは求めていません。与えられたお題をどう捉えているか、どのような問いを自身で立てて、解を導いていくかが求められます。


まとめ

本投稿では、Synthesisのプロセスについて重要となるポイントとMFAの活用ポイントを具体的なエピソードを交えてご紹介しました。私の経験としては、本稿で説明したSynthesisのプロセスが難易度が高く、最終提案するものの価値を大きく変えるほどのキーとなるプロセスであると言えます。

一方で、腑に落ちて頂けるように書きたいと努めるも、構造的にもいくつかの学問要素を混ぜざるを得ず、少々苦慮しました。完全に腑に落ちない点もあるかもしれませんが、本稿で示したようなポイントをとらえることが習得の近道ではと私の中では行き着きましたので、是非皆様にもやってみて頂きたいなと思います。

次は、Inputプロセスをご紹介します。Synthesisにおいてあらゆる要素に見立てるためのポイント、驚くべき事実を発見するための観察ポイント、等重要なポイントをご紹介したいと思います。続きに興味を持っていただいた方、しばらくのちに投稿いたしますので、フォローしておいていただけるとありがたいです。最後まで読んでいただきありがとうございました。


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