不登校新聞

1998年に日本で初めて創刊された不登校の専門紙。 創刊前年の夏休み明け前後に発生した…

不登校新聞

1998年に日本で初めて創刊された不登校の専門紙。 創刊前年の夏休み明け前後に発生した中学生の自殺等をきっかけに、「学校に行くか死ぬかしないという状況を変えたい」との思いから創刊しました。 ミッションは「学校で苦しむ子どもが安心して生きていける社会の創造」。

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  • 【ゲスト:石井志昂】くすくす子育てママトーク〜不…
  • 夏休み明け、子どもたちのSOSに気づいて!
  • 不登校新聞・石井志昂編集長、紹介インタビュー
  • 「進路についてどう考えていましたか?」不登校経験…

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note版「不登校新聞」の読者の皆さまへのお願い

『不登校新聞』代表の石井です。読者のみなさまに、たってのお願いがあり投稿しました。

    • 『不登校新聞』6月1日号のお知らせ

      『不登校新聞6月1日号』を発行しました。とくにおススメの記事を以下に紹介します。それ以外の記事には、記事内のリンク「#不登校新聞627号」からたどっていただくと読みやすいです。 【今号のおすすめ】

      • 「行きたい、でも行けない」苦しんだ中学生が学校へ行けた2つのきっかけ

         「朝起きること、制服を着ること、朝ごはんを食べること、家を出ること。それらすべてがとても苦しかったんです」と語るのは、中学1年で不登校をしていた山邊優香さん(23歳)。人と話すのが好きで元気に見られることが多く、友人や先生からは「明るい不登校」と言われていました。ですが、当時はとても苦しく、毎日生きていくのに必死だったといいます。当時の心境と、いま振り返って思うことを聞きました。(聞き手・編集/藤森優香、撮影/矢部朱希子) * * *  はじめにお伝えしたいのですが、私

        • 「人を頼るのが苦手」なあなたに知ってほしい2つのこと

           「迷惑になるんじゃ・・・」、「断られたらどうしよう」。他人を頼ることが苦手な方は少なくありません。しかし、そんな方に伝えたいことがある、と保護者向けの無料LINE相談窓口事業などに取り組む土橋優平さんは言います。人に頼ることをためらったとき、ふっと心が軽くなる2つのポイントを書いていただきました。(連載「出張版お母さんのほけんしつ」第39回・写真は土橋優平さん) * * *  「祖母に子どもを預かってもらおうにも、迷惑かと思うと頼めない」、「夫は私に余裕がないときによく

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        マガジン

        • 『不登校新聞』note版
          初月無料 ¥900 / 月

        記事

          「人生の終わりだと思った」進学校から通信制高校へ転校した元優等生の葛藤

           「人生の終わりだと思った」。高校3年生の秋、全日制高校から通信制高校へ転校した古川寛太さん。最後の最後まで握りしめていた「よい高校に在籍している自分」というプライドを失ったとき、大きな絶望に直面したと語ります。高校を転校した不登校経験者の本音を語っていただきました。(連載「前略、トンネルの底から」第9回・写真は古川寛太さん) * * *  高校3年生の秋、それまで在籍していた全日制高校を辞め、通信制高校に通うことが決まった。人生の終わりだと思った。  1年、2年次とか

          「人生の終わりだと思った」進学校から通信制高校へ転校した元優等生の葛藤

          「今週はいつ行こうかな」学校へ行くか行かないかを自分で選ぶ「自由登校」のわが家

           「学校に行くか行かないか、子どもたちが自分で選ぶ」。そんな実践をされている家庭があります。ライター・宮國実加さんのご家族です。「自由登校をしたら、子どもたちが大きく成長した」と宮國さんは言います。子どもたちのようすや自由登校を始めたきっかけなどを3回に分けて書いていただきました。(連載「自由登校のわが家」第1回) * * *  私には小学校3年、5年、6年と保育園に通う4人の息子がいます。  わが家では、毎週日曜日にプチ家族会議をして、学校のお便りを見ながら翌週学校へ

          「今週はいつ行こうかな」学校へ行くか行かないかを自分で選ぶ「自由登校」のわが家

          「あの体験はいったいなんだったのか」経験者がつづる、不登校30年目の結論

           「どの不登校論を読んでも、ちがうと感じる」。小学2年生から不登校した喜久井伸哉さんは、自身の不登校について、約30年間考え続けてきた。あのころ「不登校の原因」を答えられなかったのはなぜなのか、自分に起きた体験はいったい何だったのか。人生を通じて考えた喜久井さんの不登校についての最終結論を、連載形式で書いていただく。(新連載「『不登校』30年目の結論」第1回・写真は喜久井伸哉さん) * * *  あるとき、私の身体は「学校に通学する行為」をしなくなった。いわゆる「不登校」

          「あの体験はいったいなんだったのか」経験者がつづる、不登校30年目の結論

          「親には待っていてほしかった」高1から不登校した女性が心から望んでいたこと

           「明日から学校へ行きません」と両親に宣言し、高校1年生の春から不登校になったという山本優美(ゆうみ)さん(仮名)。その後、母親のある変化をきっかけに親子関係が少しずつ好転していったと言います。現在はライターとして活躍する優美さんに、当時の思いや経緯を書いていただきました。 * * *  私は高校に入学して1カ月ちょっと経ったころ、親に「明日から学校行かない」と告げて不登校になりました。もともと小学校のころから学校へ行くのがイヤでした。「先生の言うことが絶対」という空気感

          「親には待っていてほしかった」高1から不登校した女性が心から望んでいたこと

          不登校・ひきこもり 相談先・親の会一覧

          【北海道函館市、北海道渡島・桧山地方】 登校拒否と教育を考える函館アカシヤ会  1993年に発足し、月例会と会報発行(年4回)、講演会などの市民向け啓発活動を続けています。保護者(最近は祖父母の参加も増えています)どうしが気軽に語り合える場です。理解のある教員や福祉関係者も参加し貴重な情報を伝えてくれる場合もあり、函館市教育委員会や函館市社会福祉協議会とも連携しています。2021年度の会員は112名です。(野村) http://akashiyakai.starfree.j

          不登校・ひきこもり 相談先・親の会一覧

          『不登校新聞』5月15日号のお知らせ

          『不登校新聞5月15日号』を発行しました。とくにおススメの記事を以下に紹介します。それ以外の記事には、記事内のリンク「#不登校新聞626号」からたどっていただくと読みやすいです。 【今号のおすすめ】

          『不登校新聞』5月15日号のお知らせ

          「どんな経験でも自分の武器になる」ライトノベル『キノの旅』作者が若者に伝えたいこと【全文公開】

           旅人「キノ」がさまざまな国を巡る『キノの旅 the Beautiful World』(以下『キノの旅』)をはじめ、数多くの小説で若者からの支持を集める小説家・時雨沢恵一さんにインタビューした。「どんな経験も作品づくりの武器になる」と語る時雨沢さんに、自身の体験や若い人へのメッセージなどをうかがった(写真・時雨沢恵一さん、撮影・矢部朱希子)。 * * * ――学生のころ、ほかの人と話が合わなくて浮いていたとうかがいました。  たしかに浮いていましたね(笑)。いい意味でも

          「どんな経験でも自分の武器になる」ライトノベル『キノの旅』作者が若者に伝えたいこと【全文公開】

          「気持ちがしんどいとき、どうすればよい?」不登校の子を持つ先輩パパママの実践から学ぶ親がつらいときの乗り切り方

           親だってつらいときがある――。不登校の子どもを持つ親にとって、「そんなことを考えてはダメ」と思いながらも、つい吐き出してしまいたくなる瞬間があるのではないでしょうか。では、不登校の子の親の気持ちがしんどくなったとき、先輩パパママはどのように乗り切ってきたのでしょうか?不登校取材歴約20年の記者がこれまでの取材から得た方法をご紹介します。 * * *  不登校でもっともつらい思いをしているのは子どもです。しかし、不登校の取材を約20年続けるなかで、「親だってしんどいんです

          「気持ちがしんどいとき、どうすればよい?」不登校の子を持つ先輩パパママの実践から学ぶ親がつらいときの乗り切り方

          「限界ギリギリの自尊心」保つためだけに自己啓発本を手に取った16歳のあのころ【全文公開】

           不登校を機に、それまで大好きだった小説ではなく、啓発本を手にして読むようになったという不登校経験者の古川寛太さん。「何の解決にもならない現実逃避」と頭ではわかっていたと語る古川さんが求めた「目先の安定」とは。 * * *  もし自分が10歳だったら、図書館や書店に着くなり真っ先に児童書や小説のコーナーへ向かっていただろう。お気にいりシリーズの最新刊が発売されたかチェックしに行っているはずだ。  16歳になった自分がそれらのブースを素通りしたのは、けっして飽きたからでは

          「限界ギリギリの自尊心」保つためだけに自己啓発本を手に取った16歳のあのころ【全文公開】

          「子どもが幸せになる近道とは」100人を超す不登校の子どもと向き合ってきた専門家が語る子どもに必要な実感とは【全文公開】

           フリースクールを運営する土橋優平さんはこれまで100名を超す不登校の子どもたちと向き合ってきました。そうしたなか、子どもが幸せになる近道にはある経験が大事だと語ります。その経験とは。 * * * 新年度になりました。子どもたちから「〇年生になったら学校へ行く」という言葉を聞いて、期待を抱いている親御さんも多くいらっしゃるのではないかと思います。  私は子どもたちが言うその言葉は本心ではないと思っています。でも嘘でもありません。子どもたちは「自分ではない何か」になること

          「子どもが幸せになる近道とは」100人を超す不登校の子どもと向き合ってきた専門家が語る子どもに必要な実感とは【全文公開】

          「死のうとしたけど生きたかった」いじめにより不登校した女性が語る「生きることの意味」

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          「死のうとしたけど生きたかった」いじめにより不登校した女性が語る「生きることの意味」

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          「不登校から文科省職員に」異色の経歴を持つ藤井健人さんが目指すのは「不登校という格差」の是正

           小学5年から中学卒業まで不登校、その後東京大学大学院へ進み、現在は文部科学省職員という異色の経歴を持つ藤井健人さん(30歳)に取材しました。家庭環境や自身の不登校から「ふつうになりたい」という強い思いがあったと言います。夜間定時制高校から猛勉強のすえ早稲田大学に合格後も「ふつうとの格差」に思い悩んだ藤井さん。「安易に不登校を肯定するだけでは格差の是正につながらない」と訴えます。(※写真・藤井健人さん、撮影・矢部朱希子) * * * ――藤井さんの不登校について教えてくだ

          「不登校から文科省職員に」異色の経歴を持つ藤井健人さんが目指すのは「不登校という格差」の是正