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少し遅かった男

大手音楽事務所。
 
男性二人。
 
「中山さん!
 お久しぶりです!
 
 お変わりになりましたね~。
 
 口ひげが…もう仙人みたいで、
 何というか…貫禄かんろく
 
 全身からみなぎるオーラ
 …何か上手く言えませんけど」
「いや~あれから、
 10年も経っていたなんて、
 自分でも信じられないですよ。
 
 デビュー曲がスマッシュヒットして、
 これはイケると思っていたのに、
 2曲目以降は出しても出しても、
 鳴かず飛ばず。
 
 ライブを開けば家族親戚と身内ばかり。
 
 一発屋と呼ばれてからわずか1年で、
 【あの人は今】の取材が来た時は、
 正直、僕も…驚きました」
 
「そして結果…
 山にこもられたんですね
「はい。
 周囲の声が気になり過ぎて、
 自分を見失ってしまったんです。
 
 コード進行を勉強しろ。
 どこかで聴いた歌詞。
 クオリティーが低い。
 
 色々言われました」
 
「2曲目から誹謗中傷が過熱気味でした。
 最初はファンの期待の表れだとばかり、
 こちらは思ってましたが…」
 
「いいんです。
 いい曲を作れなかったのも、
 ファンの期待に応えられなかったのも、
 自分の力不足…それに尽きます」
 
「でも、中山さん。
 頑張ってたと思いますよ」
「そう言ってくれるのは、あなただけです。
 僕はあなたが言ってくれた、
 【いつまでも待ってます】
 
という言葉を信じて、この10年間。
 山での創作活動を、
 逃げ出さずにやってこれたんです」
 
「大変だったでしょう。
 そのストイックな姿勢
 あんなに批判を浴びたのに…
 なかなか、できることではないですよ」
これしか道がなかっただけです。
 でもおかげで、
 素晴らしい曲ができました」
 
「そうですか。
 私も中山さんなら必ずや、
 また再起さいきされると信じてました」
その成果をお聴かせしても、
 いいですか?

 
「是非」
 
「じゃあ、まず1曲目は、
 僕が荷物をかかえて、
 山に登っている時の感情
を、
 歌にしたものです」
「もうそんな時から、
 曲が思い浮かんでたんですか。
 凄いですよ、中山さん!
 曲……聴かせて下さい!」
 
「じゃあ、聴いて下さい。
 【イラ!】
 
♪いまだけじゃない~
 イライラとたぎれ
 登っているだけで難儀なんぎ
 
「ちょっと待って、
 もらっていいですか!」
「どうしました?
 今からいいところなのに。
 
 荷物背負い込むって部分が、
 最高にささるんですよ。
 
 山で荷物を運ぶ、
 リョッカさんの気持ちになったら、
 ふっと思い浮かんだんですよ」
 
「すいません、中山さん。
 リョッカさんじゃなくて、 
 ボッカ歩荷さんです。
 そして、残念ですが、
 その曲はもうあります
「え?」
 
「その歌は3年前に、
 もう存在してて大ヒットしてます」
「うそ?ほんとに?!
 何てことだ。
 一足遅かったなんて…。
 でも大丈夫です。
 他にも曲はありますから。
 じゃあ次、聴いて下さい」
 
「はい」
「僕が山で孤独の中、
 一番を目指すのをあきめ、
 新境地に目覚めた時
に、
 できあがった曲です。
 聴いて下さい。【孤独の花】
 
♪花屋の店先に並べた~
 
「ストップ!
 ス◯ップです!」
「どうしました?」
 
「これ中山さん、
 知ってますよね?
 しかも私、興奮こうふんのあまり、
 そのグループ名、
 言っちゃったじゃないですか」
「え?何が?」
 
「この曲は21年前なんで、
 ご存知ですよね?」
「いいえ。
 この曲は山に群生ぐんせいしていたを、
 なぎ倒していた時、
 ふと見つけた一輪の花を見て、
 思いついたんですよ」
 
「何か今、
 におわせワードありましたよ」
「そうかあ~。
 これも一足遅かったかあ~。
 
 でも、次は大丈夫。
 
 これは自分の挫折ざせつを、
 悲愛に重ねた歌です。
 
 僕の経験があってこそ、
 生まれた曲ですから。
 
 聴いて下さい。【メロン】
 
♪夢ならばどんなによかったでしょう
 
「ダメダメダメ!!
 もうメロンでさっしましたよ!
 中山さん…
 本当に山に籠もってました?」
「いましたよ10年。
 特に食生活は大変でした。
 主食は白米じゃなく玄米を。
 ちょっとにおいがキツイんですよね。
 玄米って」
 
「ちょいちょい歌手名が、
 見え隠れしてるんですけど」
「そうか。
 これも遅かったかあ。
 
 名曲なのに。
 きたりだったなんて…。
 
 じゃあ、これだ!
 これなら大丈夫です!
 
 インパクトのある固有名詞が特徴的で、
 これは聴き手をうならせます!
 
 絶対に!」
 
「本当ですか?」
「じゃあ、聴いて下さい。
 【ワイルドダウンロード】
 
♪アスファルトタイヤを切りきざんだ
 
うおぃ!!
 全部ダメだって!!
 
 あんた知ってんだろ、これ!
 この曲、ほぼ全国民が知ってるぞ!
 
 リバイバルヒットしたから!
 
 しかもそのタイトルなんだ!
 ワイルドダウンロードって!
 
 これベストに短パン姿の、
 デニム芸人のパクリでしょ!
 
 アスファルトタイヤ切り刻んで、
 ワイルドだろ~じゃないんですよ!
 
 あんた10年前と、
 全然変わってないじゃないですか!

「おかしいなあ。
 これは入山して1年目で、
 たまたま光回線ネットワークが開通して、
 業者の車が走り去る様子を見て、
 曲が天から降りてきたのに」
 
あんた、ネット見てたろ!
 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。 

お疲れ様でした。