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留置場の日常~その5~

 暗い話をするよりも、自分に今できることをしてくれる方が、心身ともに良い効果があるはずである。そんな事を少し考えていると面々が髭剃りを終えて、部屋へ戻ると伝えてきたので、誠司がそのまま誘導する。雑誌や留置場内で貸し出す文庫本を必要とする人にはロッカーから渡す。
 八時半過ぎであった。留置場の朝は本当に早い。今日は入浴日である。
 入浴は夏は基本的に番号順。つまり留置が古い人からである。
 例外は検事面談や拘留請求がある者は8時から入浴することもあり、少し順番が変わる。
 今回は特に異例はないようで、各自の取り調べの間をぬって順番通り入浴である。個人に許された時間は20分。約15名いるので、ほぼ昼間はその対応が中心になる。が、取り調べの際、刑事課フロアつまり取り調べ室への移動の際、厳正に施錠された出入口の開錠対応が稀に手間となる。
 運動場に戻り、様子を伺っていると、車上荒らしとオレオレ詐欺が大声ではしゃいでいる。朝の引継ぎで部屋割りを変える旨を係長から共有されていたことを思い出した。
 さて風呂の誘導と入退場対応である。
 まずは覚せい剤三回目のキリストからである。細い身体でヒョロヒョロと歩く。シャンプーや石鹸、タオルと着替えを持って入室。洗い場は広いがシャワーは固定式。
 同時にあさイチ取り調べのある3名を出場させる。誠司は手錠の対応である。大麻所持初犯の20代ボクサー、倉庫盗み常習の50代元やくざ、オレオレ詐欺余罪ありの20代ツーブロックと順に出場させる。
 二つ先輩のタクマが各房へ行き、「取り調べ」と声をかけて出入口まで誘導する。順に
「出入口の開錠準備!」
「開錠よーし!」
と声に出し、取り調べ官へ引き渡す。それぞれ3名とも午前中は取り調べということだ。初犯で最年少の大麻所持ボクサーは、いつも通りビビりながら、手錠をかけられる。倉庫盗み常連の元やくざはしっかりと手を出し、礼まで述べる。そんな礼儀があるなら、犯罪するなと思うものの、更生を願いながら、丁寧に接する。オレオレ詐欺は他前科もあり、何事もないように手を出すし、無反応である。本当に人それぞれである。
 さて次の入浴である。窃盗余罪大量の30代ルパンに声をかける。
「次、入浴やで」
 彼は友人からの差し入れが多く、自身の洋服を留置場ルールに合わせて持ち込んでいる。
 今流行りの服を上手く組み合わせている。留置場内でお洒落がいるのか?と思うが心の安定なりに繋がるのだろうと思っておく。
 覚せい剤キリストは口数は少ない。キリストとルパンの入れ替え時少しすれ違うが、何も声はかけない。入浴時間も短い故である。淡々と留置場の時間と向き合っている感じがする。彼の目はいつも暗く、よどんでいる。
 反してルパンは、根が明るいようで、夜にオレオレ詐欺のHとはしゃぎ過ぎだが、風呂も好きなのか案内する際、大きな声でお礼を伝えてきた。満面の笑顔である。
「今日は二番目やから、お湯熱いで」
と誠司が声をかける。
「望むところ!」
と喜んでいた。こういった何気ないやりとりだけなら本当に有難いと思う。しかし、彼らはみな法律を犯し、社会や他人に迷惑をかけている事実がある。
 ルパンも無事入浴が終わり、部屋を誘導するともう10時であった。お茶の提供時間である。


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