よのなかが騒々しくなってきたときに気をつけている3つのルール
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よのなかが騒々しくなってきたときに気をつけている3つのルール

よのなかが騒々しくなってきたとき、ぼくが気をつけていることについてメモのように書いておきたいと思います。題して「ふざけた大人の3つのルール」という感じでしょうか。


(1)そのテーマに関する「最良の」賛成意見と反対意見を探す

問題になっているテーマについて、「最良の賛成意見」と「最良の反対意見」の両方を探す。その手間を惜しまない。われわれは、自分と同じ立場の声については耳を傾けるし、より納得度の高い意見を探そうとします。「だから自分は正しいのだ」と。

ところが、自分と違う立場の声については、相手陣営から聞こえる「いちばんバカな意見」に飛びつき、それを根拠に「やっぱりあいつらはバカだ」と言いたがるものです。賛否の両論がある場合には、どちらの声に対しても同じ姿勢で耳を傾けないと、ただの偏狭な人になってしまいます。


(2)立場の違いを理由に「嫌い」にならない

ある人が、あるテーマについて自分と異なる意見を述べていても、それだけを理由に「嫌い」にならない。人格否定、人格攻撃に走らない。

なんていうんでしょう、いま国会やその周辺で対立してるひとたちだって、いったんそれを脇に置いて、野球やら映画やら音楽やらの話をしながら酒でも飲んでりゃ、けっこういいやつだらけだと思うんですよ。たったひとつのテーマで意見が合わないからって、そのまま不倶戴天の敵みたいになっちゃうのは、いろいろもったいない気がします。


(3)その上で自分の立ち位置もはっきりさせておく

賛成派と反対派、双方の声に耳を傾け、「どっちの意見も、それぞれ一理あるよね」だけで終わらせてはいけません。自分はどちらにより共感できるのか、どちらに理があると思うのか、はっきりさせておくべきでしょう。

世論調査で見かける「どちらともいえない」という回答は、賢明なようでいて、考える力を鈍らせ、リスクを取る勇気を失わせていくものだと思います。いちいち人前で態度表明をする必要はありません。自分のなかで「わたしはこう思う」をはっきりさせ、あとは普通に選挙に行ってればいいと思います。


この3つがちゃんとできたら、もうそれだけですごい「大人」だと思います。ぼくはいつまでも「ふざけた人」ではありたいけれど、「子ども」のままではありたくないんですよね。「ふざけた大人」でありたいんです。

Thank you!
ライター。バトンズ代表。最新刊『取材・執筆・推敲』。その他著書・共著に『嫌われる勇気』『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』『20歳の自分に受けさせたい文章講義』など。週日更新しています。http://www.batons.jp