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別の角度からの歴史『モダン・ムーブメントの建築家たち -1920-1970-』【読書記録】

『モダン・ムーブメントの建築家たち -1920-1970-』(ケネス・フランプトン 著,牧尾晴喜 訳、2023年、青土社)

モダニズム建築への新しい洞察
ル・コルビュジエとミース・ファン・デル・ローエは、ガラス、鉄鋼、鉄筋コンクリートの使用など、建築における新技術の進歩に貢献したことはよく知られているが、著者は近代建築の幅広さと複雑さを明らかにするために、コルビュジェやミースにあまり関係のない19人の建築家に焦点を当て、それぞれが1922年から1962年の間に実現した重要な仕事を検証し、近代建築史における彼らの役割を再評価する。

日本でも『現代建築史』(中村敏男 訳、2003年、青土社)で知られる建築史家ケネス・フランプトンがスイスのメンドリジオ建築アカデミーで行った講義をもとにして編まれた書籍。原著は2015年にイタリア語版として出版されているようだ。

フランプトンと言えば「批判的地域主義(Critical Regionalism)」が印象深い。それまである種バナキュラー的に発展してきた建築に対し、フィリップ・ジョンソンが声高に「インターナショナル・スタイル」を叫び、モダニズム建築が世界を席巻していった……しかし、そうした流れはむしろ建築の多様性を阻害するひとつの要因となってしまった。という流れに対し、かつてのバナキュラーな性質を捉え直し、そうした普遍化に対する抵抗として位置づけ、数々の実例を挙げていく。

フランプトンは、ポール・リクールを引用しながら、批判的地域主義とは普遍性と個別性のあいだの弁証法的なプロセスであり、両者の微妙な舵取りが要請されるという。彼によれば、普遍的な文明が地方的な文化に勝利し、ポストモダン・アヴァンギャルドがメディア社会を太らせるだけになった現在、「後衛主義だけが、普遍的技術を慎重に利用しつつ、同時に抵抗する文化や、アイデンティティを与える文化を展開することができる」。ただし、その後衛主義が批判的実践であるためには、啓蒙主義の進歩の神話からも、ノスタルジックに過去へ回帰する反動からも距離をおかなければならない。むろん、「高度な批判的自己意識の維持の上に成り立つ」がゆえに、チャールズ皇太子のような愛国的かつ反動的な保守主義とは違う★七。批判的地域主義は特定の地域の土着形式に頼らず、抑圧に加担するものではない。したがって、ヨーロッパ文明中心主義にもつながらない。

批判的地域主義再考──コンテクスチュアリズム・反前衛・リアリズム | 五十嵐太郎

フランプトンは主著『近代建築・批判的歴史』(一九八一)の第二版(一九八五)以降において、最終章「批判的地域主義──現代建築と文化」を追加している★一三。やはり彼は限定を強いる地域主義に対して解放を与える地域主義、すなわちキッチュに陥らない反中心主義的な地域主義を推奨し、欧米以外ではメキシコのルイス・バラガン、日本の安藤忠雄、ヨーロッパならば周縁のスペインのオリオル・ボイガス、ポルトガルのアルヴァロ・シザらを代表的な建築家とみなした★一四[図10]。ここでフランプトンは、七つの基本戦略を表明する。第一に、ユートピア主義と関わらない周縁的実践であること。第二に、独立したオブジェではなく、境界を作る建築であること。第三に、背景画的な建築ではなく、テクトニクスの建築を実現すること。第四に、敷地の特殊要素を強調すること。第五に、メディアに抗して、触覚的なものを重視すること。第六に、ときには地方の語法を再解釈し、現在的な全体の分断を計ること。第七に、それは普遍的文明から免れる文化の隙間に現われること。

批判的地域主義再考──コンテクスチュアリズム・反前衛・リアリズム | 五十嵐太郎

一般的にモダニズム建築は、ヘンリー・ラッセル・ヒッチコックとフィリップ・ジョンソンが企画したMOMAでの『インターナショナル・スタイル(The International Style)』(1932年)を端緒として、ル・コルビュジェ、ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトのような巨匠を中心に語られることが多い。

しかしながら、いくら時代の後押しがあったとしても、すべての建築家が同じような思想で同じような建築をつくっていたとは考えにくい。
本書は、かつてフランプトンが批判的地域主義の議論を強化するためにいくつかの建築家を挙げていたように、モダニズム建築を支えた別の側面──「周縁」──で活動した建築家18人とその代表作を挙げ、紹介する。

■ルドルフ・シンドラー──シンドラー自邸
■アイリーン・グレイ──E1027
■ヨハネス・ダイカ―──オープン・エア・スクール
■ウィレム・マリヌス・デュドック──バイエンコルフ百貨店
■ルイス・ハーマン・デ・コニンク──キャネール邸
■ピエール・シャロ―──ガラスの家
■シーグルド・レヴェレンツ──社会保険庁
■エヴァン・オーウェン・ウィリアムズ──ブーツ製薬工場
■アントニン・レーモンド──東京ゴルフ倶楽部
■エーリヒ・メンデルゾーン──デ・ラ・ウォー・パビリオン
■バーソルド・リュベトキン──ハイポイント1
■ヤロミール・クレイツァル──チェコスロバキア館
■ヴィルヘルム・ラウリッツェン──カストラップ空港ターミナル
■ヴェルナー・マックス・モーザー、エルンスト・ヘフェリ──アレンモース屋外プール
■アルネ・ヤコブセン──オーフス市庁舎
■リチャード・ノイトラ──カウフマン邸
■マックス・ビル──ウルム造形大学
■アレハンドロ・デ・ラ・ソタ──マラビーリャス・カレッジ体育館

挙げられている名前を見ると「その建築家の名前や作品は見たこと・聞いたことあるが、実際どのような背景を持っていたのか知らない」というものが多い。それは近年では、コルビュジェ以外のモダニズム建築の動きを評価する流れも出てきているからだろう。
例えば、コルビュジェとも協働の危険があるアイリーン・グレイは、まさに「E1027」でのエピソードを題材にした映画が公開されている。

ピエール・シャロ―やエーリヒ・メンデルゾーンは、建築学科の近代建築の授業では必ずと言っていいほど挙がる名前だが、それは「ガラスの家」や「アインシュタイン塔」という特定の作品についてだけであり、彼らがどういう経緯でそれらの建物を設計することになり、その後どういう人生を歩んだのかまで紹介されることはなかった。

ロンドン動物園のペンギンプールも同じく、構造的な挑戦の例として教科書で見かける作品であるが、その設計者であるバーソルド・リュベトキンが結成したテクトンは、それこそロンドン動物園を始めとした多くの動物園建築を実現させた組織だということは知らなかった。

(余談だが、「動物園建築」というのもそれはそれで色々な蓄積のある領域だという気がする。水族館建築についてはちらほら見かけるが、動物園建築についてまとめられた書籍はあまり見たことがない。下記のような事例はいろいろありそうだ。)

はたまた、シーグルド・レヴェレンツやヴィルヘルム・ラウリッツェン、アルネ・ヤコブセンのような北欧の建築家たちは、今まさに『建築と触覚』『EXPERIENCE
生命科学が変える建築のデザイン
』で触れられている例も見る。これらの建築家に注目が集まるのは、視覚偏重ではない(モダニズム)建築の価値観を伝える例としては、もってこいだからだろう。

その他にも、かつては「ダッチ・モダニズム」として建築雑誌で紹介されていたヨハネス・ダイカ―についても改めて詳細を知ることができたり、これまで通史的に語られてきたモダニズム建築の書籍たちと合わせて読みたい本でした。

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