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TAKAOで森林浴

こんにちは、フカサメです。
我が家にCNNがきたので、その時話した内容を書きます。最後に書いた通り、あまり使われないだろうからの記録。

CNNがやってきた

Culinary Journeys というドキュメンタリー番組が札幌の高尾僚将シェフに随行取材していて、直接関与者以外のコメントが必要らしい。当日は若くて冷静なディレクターのミリー、カメラマンのケビン、コーディネート兼通訳の塩田さんの3人が来て、45分くらいの簡単なインタビューを受けた。

森を食材庫にする  forest as a food source

早朝、高尾さんが山に通うきっかけになった支笏湖畔で自然観察。

高尾さんの視点に興味を持ったのは TAKAO のオープン前、支笏湖畔の温泉プチホテル「翠明閣」のシェフをしていた頃だ。未知の食用植物、昔食べていて忘れられた植物を試していると聞いて、料理以外の話題も取材するようになった。話の延長で山菜採りに連れていってもらったこともある。残雪で湿った林へ踏み込むと、腐葉土と針葉樹の合わさったいい匂いがする。苔や落葉の中で、鹿の頭蓋骨が白く光を集めていた。

「こんなに身近にたくさんの植物や菌がいて、ひとつひとつ味や香りが違う。これって凄くないですか?」確かにその通りだ。(あと、髭のあるデカい大人がキラキラしてるのも凄いぞ、シェフ。)

早春の混合林でスタッフたちと。毎年毎シーズン決まった場所を観察。
ギョウジャニンニクは葉の枚数で選び、株を残して採る。


「このまま突き詰めていいのかな?」 Before diving in

2015年春に、高尾シェフと店外で初めて会った。料理人の方々に取材はしても個人的交流はほとんどしない私に、意見を聞きたいという。ミクニの上海店の立ち上げから帰国して、その間に前の店イタリアンレストランoggiをTAKAOへ全面改装中だったと思う。記憶を頼りにかいつまむと、「森の料理をもっと進めたいが、いったい理解されるだろうか」というような事だった。お店を開く時は大小多くの選択が迫られる。しかも人気店を一度閉めてのリブランド。テーマ性にどの程度振り切ってよいものか迷うのは無理もない。だが、どう考えても答えは「前進」だ。通うほどに森にハマり料理をバージョンアップしてきたシェフに、いまさら引き返せないほどの必然性を感じるからだ。TAKAOの大粒ホタテのグリエとマッシュルームのジュを食べる時、どこからかキタコブシの枝とエゾイソツツジを蒸留した澄んだ香りがする(香りが料理から直接「来ない」のが不思議だ)。積丹か、道北か、森から海を見晴らす風景が浮かぶ。世界観は紡ぐまでもなく出来上がっているので、そこに短い言葉を添えることも勧めた。

森のエキス2022。毎年進化するシグネチャーで、番組ではブロスがクリアタイプだったかな。

その年、TAKAOがオープンした。中山眞琴アーキテクツによるデザインに、出身地である旭川発祥のハイブランド、カンディハウスの家具を調えた、森にいるような心地よい空間。イタリア料理の技法を踏まえつつ「北海道の森」の芳しさに満ちたコース料理。森にフォーカスすると決めたシェフは、営業が軌道に乗るとレストランの休日を少しだけ減らし、「森の日」を徐々に増やしている。日々変わる森を観測するには、とても時間が足りないからだという。


絵の具をつくる Making your own paints  

壁に並ぶ蒸留液やシロップ、酢、発酵種。ラボにあるものの一部。

北海道の料理人に素材観を尋ねると、いきなり生産者の話になることが多い。特にイタリア料理は地域性そのものだから、北海道でも土地ごとの食材が多用される。それは根ざすべき土地を持つ料理人としてやりがいのある仕事に違いなく、お客のニーズもそこにある。高尾シェフの料理も、出会った頃は地元の食材を多用するイタリアンだったと思う。違うのはそこからで、支笏湖で森に目覚め、森の植物や菌類を食材と見なすようになった。さらに、営業に使うには一次加工も必要だ(新しい試みをする時は保健所に相談し、慎重に菌検査も受ける)。蒸留や発酵の過程で、生の素材にはない魅力的な香りも見つかった。画家が自ら貴石をすりつぶして絵の具を作るようにラボの食材は充実していき、それらを使った料理がTAKAOのスペシャルになっていった。

オオウバユリのスターチ、それを加えたクマザサのパスタ。スターチの残渣を発酵させて干したドーナツ型の保存食は香りのニュアンスのために少量使われる。

積丹半島の森のボタニカルを栽培するジン蒸溜所のオーナーと、林業試験場の研究者、フルーツコーディネーターとともに、TAKAOで食事をしたことがある。天然の香りに価値を見出す人たちの対話は共感と発見に満ちて最高に贅沢だ。その日はドングリ(ミズナラ、コナラ、シイ)の発酵種で焼いたバゲット型のパンを焼いていて、コクのある味が鹿の舌や牛モモのローストにぴったりだった。パスタを打つ時は、オオウバユリの塊茎(百合根みたいなものだ)のでんぷんを少々入れるとパツパツの弾力がでる。甘い香りのするクルマバソウのカクテル。柑橘+山椒の風味をもつキハダの実は鹿料理やガナッシュのスパイスに。コースが進むにつれ、見知らぬ、あるいは気付かずにいた植物たちが個性を帯びていく。だからTAKAOで食事をすると、森や山を見る眼が新しくなる。


アイヌの食の知恵 Ethinic and Modern

エゾカンゾウの花。この日は酢漬けで保存。

カバー写真は硬い殻を割って炒る、ナッツのような菱の実だ。取材に合わせて高尾シェフは食用植物の見つけ方や食べ方のヒントを、森で出会う人々に教わってきた。それを「アイヌ料理に影響を受け」たと書かれたこともあるが、それは間違いだ。山の知恵者たちの中で、特に多くを教わった方がアイヌ民族だと後に知ったのだ。その縁で伝統的な知恵の出典となる資料の提供を受け、例えばオオウバユリの加工法の由来として客席でプレゼンテーションしている。復元やコピーでなく、古くからの知恵に敬意をもって現代に応用する。誰もが食べて参加できるこのアプローチは、伝統を博物館入りにせず、「使って生かす」手段としても一層効果的に思える。

付記)TAKAOを含め、アイヌ民族の食文化のリデザインについて、朝日新聞「食べて知る  アイヌの食の知恵」3回シリーズ(2019.9)を書いた。

外からの目 Viewing Hokkaido from outside

インタビューが終わって彼らが撤収する間、私はコートを着てから熱い紅茶を入れ、みんな立ったまま飲んだ。塩田さんが「今の話は我々が思ったより深い。彼女も取材者だし、そう単純じゃなかった」といい、あらすじを説明した。ミリーが「テレビ向きじゃないな」と言い、私は「知ってる」と返して、4人でカップ片手にちょっと笑った。

別れ際、日本に度々来ている彼らに北海道の印象を聞いてみた。以下メモ。
①自治体やフィルムコミッションなどの取材窓口とのやりとりにはだいぶ苦戦した。ドキュメンタリーの手法が理解されるのにも時間がかかったらしい。
②海外的に、北海道のベストシーズンは冬。だから食の取材でも雪の時期に来る。

北海道の美しい山森、広大な開拓地、3つの海と農林水産業をバックにした美食のストーリーは無尽蔵だ。20年いても回りきれないのだからまた来るべきだよと勧めてみたけど、どうかなぁ。


高尾さんから送られてきた。イジられてる。


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