【ショートショート】右足の結婚
オオサワサトシの目の前で女性がヨロヨロと倒れた。
「大丈夫ですか」
と声をかけると、
「ええ、いつものことです」
と女性は苦しそうに答えた。
「右足が痛むのですか」
サトシは女性の倒れ方を思い出して、聞いた。
「よくおわかりですね。すみませんが、タクシーを止めていただけますか」
サトシはタクシーを止めて、女性に肩を貸した。行き先を告げる。
「え」
と女性が驚く。
「靴の工房です。ぼく、靴職人なんです」
幅広の靴を見れば、女性が外反母趾であることは明白だった。
「ぜひ、あなたに靴を作って差し上げたいのです」
「出会ったばかりなのに申し訳ないわ」
「ご遠慮は無用です」
サトシは工房に入り、女性を椅子に座らせた。右足を台座の上に乗せると、ゆっくり靴と靴下を脱がせる。右足の親指の根本が赤く腫れ上がり、指は人差し指の側に折れ曲がっていた。
「これは……痛いでしょうね」
「もう慣れましたけど」
サトシは女性の右足を計測した。
「カトウアツコです」
彼女は名前と住所を告げた。
一週間後、新しい靴とインソールが完成した。
サトシはカトウアツコの家を訪ねた。
「どうぞ。ぼくからのプレゼントです。履いてみてください」
「まあ、ぴったり。歩けるわ、歩けるわ」
カトウアツコは満面の笑みを浮かべた。
「病状が悪化すれば、いつかもっと歩きづらくなるでしょう。ぼくをあなたの杖にしてもらえませんか」
アツコは首を傾げた。
「ぼくは遺伝性の不思議な病気を持っていましてね。いつか杖になるんです」
そういって、サトシはいつも持ち歩いている杖を見せた。取っ手の部分をよく見ると、サイズは小さいが人間の頭だ。
「これは父なんです」
「えっ」
「いつかぼくもこうなる運命なので……」
ふたりは結婚した。言葉通り、サトシはどんどん細く、小さくなっていく。十数年後、
「もうすぐ杖になりますよ」
と言い残して、サトシは亡くなった。
アツコはそれから死ぬまでサトシの杖を愛用した。
(了)
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