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旅する日本語 第4語 「昧爽の覚醒」

正直、自分が一番驚いていた。

僕は昔から他人に対する警戒心が強い人間だった。だから一生、独りで生きていくのだと思っていた。あの日、彼女と旅するまではーー。

それは彼女と付き合いだして数ヶ月経った頃。初めて泊まりで旅行をすることになった。それまでもごはんに行ったり、買い物に行ったり、たまに僕の部屋に彼女が遊びに来たりはしていた。でも、完全に心を許してはいない自分を感じていた。

旅となると、途中何度もトイレにいく場面がやってくる。彼女は屈託もなく、僕に荷物を預けてトイレに行く。トイレから出てきた彼女に荷物を返し、僕がトイレに行こうとすると彼女は何の気なしに「荷物持ってようか?」と聞いてくる。僕は「大丈夫」と言ってそれをかわし続けた。

一日遊んだ後、ホテルに着き、先にシャワーを浴びた。次に彼女がシャワーを浴びている間、気づいたら僕は爆睡していた。

明け方、ふと目を覚ますと彼女が隣で穏やかに眠っていた。正直びっくりした。自分が他人といて熟睡できたことに驚きを隠せなかった。

同時に物凄く安堵した。

自分のような人間が、他人と一緒にいて、こんなにも安心し切って眠りにつけることに。

これまで家族といても、友達と旅行をしても、恋人といても、こんなにぐっすり眠れたことはなかった。大学から始めた一人暮らし。誰に気兼ねすることなく悠々自適に暮らす自由。

それを彼女が覆した。

誰かと、いや気の置けない誰かと一緒にいる安心感。彼女と一緒なら、結婚も悪くない、そう思えた。この人と結婚したい、そう強く思った。

そんな彼女が今は僕の妻で、2人で日々楽しく暮らしている。もちろん、たまにムカつくこともある。でも僕が怒ると妻は物凄く不安そうな顔で急に大人しくなる。

しばらく様子を窺いその後恐る恐る「怒らせてごめんね」と謝ってくる。そうすると怒りも消えてまた愛おしくなり、僕は妻にちょっかいをかけ出す。妻は嬉しそうに顔をクシャっとして笑う。バカなことを言い合ういつもの2人に戻る。

昧爽の覚醒が、僕の人生を変えた。誰かに全力で身を預けられる幸せを、あの日の旅が僕に教えてくれた。

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