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賃金の大きさを見る物差し

先日の投稿「大幅賃上げの企業事例を考える」では、ファーストリテイリングがグローバルで賃金水準を合わせる、国外の賃金水準に見劣りしている日本の賃金水準を引き上げるという内容について取り上げました。それでは、全世界で同一価値の賃金にすることは可能なのでしょうか

結論的には、ほぼ不可能だろうと考えます。大きな要因が2つ想定されるためです。ひとつは、国によって物価が様々だからです。

例えばオーストラリアは、世界でも有数の物価が高い国です。先日お会いしたベトナム人の方が、次のように話していました。

「しばらく前にオーストラリアに行ったときには、ワインばかり飲んでいた。ビールはベトナムに比べて値段がとても高いが、ワインはベトナムで買うのとほぼ変わらない。ビールはベトナムでいつでも飲めばいいので、ここぞとばかりにワインを飲んだ。」

オーストラリアはワインの一大生産国です。一方、ベトナムはオーストラリアに比べてワインが得にくい環境です。同じ食品といっても、物によって物価差があります。よって、同じ仕事で同じ金額の賃金をもらったとしても、同じ生活水準が実現するわけではありません。

有名なビッグマック指数(世界各国のマクドナルドで、ビッグマック1個の価格を比較することによって経済力を測るなどするもの)などで物価差を考慮し、賃金差に反映させることもできるかもしれませんが、限界があるはずです。

ちなみに、2022年7月にエコノミスト誌が発表したビッグマック指数ランキングによると、例えば次のようになっています。

1位 スイス 6.71(USドル)
6位 アメリカ 5.15
10位 ユーロ圏 4.77
11位 オーストラリア 4.63
31位 中国 3.56
32位 韓国 3.50
40位 ベトナム 2.95
41位 日本 2.83

ビッグマックの値段がベトナムと日本でほぼ同じということになりますが、あらゆる物が同じとは言えませんし、現時点で両国で同額(例えばUSドルや、円、ドンで同一の金額)の賃金が妥当とは言えないはずです。

仮にそのような状態が実現できたとしても、為替が生き物のように動くため、すぐに価格差が出てしまいます。昨年1年だけでも為替レートは大きく動きました。「ラッキーな時に日本赴任だった」「アンラッキーな時に日本赴任だった」などの事象は、どうしても発生します。

もうひとつの要因は、見えにくい(気づきにくい)コストがあることです。

「安いニッポンは、豊かさも低迷なのか?」では、物価低迷、賃金低迷の日本が、豊かさまで低迷しているとは一概に言えないのではないかと考えました。例えば、米国で病院にかかった場合には、日本の数倍や十数倍の費用が必要になる可能性があります。保育園も同様に日本の数倍の費用が必要です。こうしたコストは、自分がその当事者にならない限り、気付きにくいものです。

グローバル規模で同等の賃金ルールを目指そうとするなら、物価差を判断する何らかの指標を参照しながら各地で妥当な賃金を検討する。そのうえで為替レート変動などを受けて可能な範囲で調整を試みる。調整しきれない部分はあきらめてもらう。ぐらいの対応が限界ではないでしょうか。

一方で、(これは日本に限りませんが)新たに生活者として来日する人にとって大きなコストになるのが、言葉の壁です。日本語は、世界中の言語の中で難易度が高い言語とは必ずしも言えませんが、馴染みのない文字や文法を1から習得するのは大きな時間コストとなります。

大きなコストを払って習得した言語を資産として使っていけるならよいですが、数年日本で働いた後に母国へ帰国しなければならず、その後日本語を使う機会がまったくない、などであれば、そのコストは帰国後回収不能となります。仮に物価水準と賃金水準がまったく日本と同じ国があり、その国が英語が通じるのであれば、多くの外国人にとってのコスパは、日本よりその国のほうが高いということになります。

これは感覚的な判定であって精査できていませんが、他先進国等に比べて賃金の絶対額が力負けしている一方で、上記で挙げたような公的サービスの充実、言語の要素などを考えると、日本は長期滞在すればするほどコスパが良くなる国だと言えるのではないかと思います。

逆に、数年単位の出稼ぎ目的の人にとっては、コスパが悪い国と言えるかもしれません。ある意味、同じ仕事をやってもらうのに、日本人以上に賃金を払うべきかもしれないとも言えます。外国からの人材を確保しようと考えるならば、この点を踏まえた上での条件提示が必要なのだろうと考えます。

適当な例ですが、住居が会社から提供され3食付きで交通も便利、安い手取り金額ながら節約すればほぼそのすべてを貯金できるなどの環境であれば、出稼ぎ目的の人にとって魅力的かもしれません。金銭以外の、他に得られる魅力的なことの説明なども有効だと思います。

このことは、日本人に対しても当てはまります。

最近、賃上げに関する質問や相談を受ける機会が増えています。
その会社の現状をお聞きすると、例えば年度の業績に応じた決算賞与の支給、福利厚生、様々な社員への投資や支援を行い人件費を払っていながらも、それが求人情報には表れていないために、採用機会を逃しているのではないかと思われる企業も少なくありません。

基本給など分かりやすい項目以外にも賃金として得られる内容を確実に伝える。賃金以外に得られる内容も伝える。自社の在職者や求職者に対して行うべき視点だと思います。

<まとめ>
自社として従業員に提供できている報酬の内容を振り返る。

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