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「メール1往復主義」はタイパか?

2月12日のダイヤモンド・オンラインで「断られた→返信しない「メール1往復主義」の若手が増加中!タイパ重視の本末転倒」(秋山進氏:プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役)というタイトルの記事を、興味深く読みました。「依頼をして断られたら、それには返信をしない」といったような、ビジネスマナーの変化について取り上げた内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

例えば、この連載記事を読んだ、マスコミや関係する会社などから、記事に関連する追加コメントや別の記事の依頼などが、筆者の元へそれなりに来る。せっかくの申し出なので、基本的には受けることにしているが、スケジュールの都合や自分が適役ではない場合、丁寧に理由を述べてお断りすることにしている。

その際、驚くことに、私が断りの連絡をすると、その後のやりとりがパタッと途絶えることが多い。

以前ならば、「承知しました。次回、また何かあればよろしくお願いします」という短い返事が先方から送られてきて、そこで終了という流れになるのが普通であった。しかし、最近はそのような返信がない。“一往復半”のやりとりで終わるのではなく、“一往復”で終わるのが、現在のビジネスパーソンにとっての常識となっているようなのだ(もちろん、全員ではないが)。

不思議に思って、周囲に聞いてみたら、同様の経験を持つ人は多く、皆それなりに違和感を持っていた。そこでさらに探ってみると、どうも最後の返事をしない人が問題なのではなく、すでに、若手社員の間では、一往復で済ませることが常識化しているようなのである。

かつてはメールでのやりとりが主流で、ビジネスメールでは、フォーマルなあいさつや締めくくりが慣習とされていた。しかし、今日ではチャットや短いメールなどが広まり、簡潔で直接的なコミュニケーションが一般的になっている。この変化により、従来のメールで期待されていた礼儀正しい言葉遣いや、礼儀正しいやりとりが大幅に省略されているのだ。

言われてみれば、私自身も思い当たるところがあります。以前であれば、「もう1回程度やり取りが続いたと思うのだが」という感覚のタイミングで連絡が途切れて終了、という感じの場面が時々あります。

顕著なのが、飛び込み営業です。「今回新たにお役に立てそうな○○についてご説明をさせていただきたく、以下のいずれかからご都合いかがでしょうか」といった具合に、その件では初めて受け取るメールでいくつか候補日時も提示されていて、「話が早そうな方だな」と感じながらもスケジュールが合わず「せっかくだが、いずれも都合がつかない。来月以降でまたお願いできないか」のように返すと、それっきりで終了。先日も、このようなやり取りがありました。

同記事では、その背景として「リモートワークの影響」を挙げています。リモートワークが普及した結果として、ビジネスマナーを簡略化、省略化する傾向が強くなっているというわけです。


もうひとつ、「時短かつ効率化したビジネス遂行」をその背景として説明しています。

労働時間管理・削減が求められている環境下で、短く効率的に仕事を進めることが最優先とされ、余計な作業をできるだけなくそうとする傾向にあるというわけです。それは相手にとっても同じため、不要と考えられる時間を使わせないような配慮の結果でもあると説明しています。その事象として、次のように触れています。

最後の返信を省くことは、現代のビジネス環境においては、不適切ではなく、タイムパフォーマンスから見ても正当化でき、相手にとっても余計な時間を費やさせない正しい行動である、と若手社員は考えているようなのである。

環境や時代が変われば、マナーに対する考え方も変わっていきます。それは環境変化にフィットした適切な変化かもしれず、必ずしも悪いことだとは限りません。

同記事の指摘で初めて知りましたが、タクシーや車に乗る時の席次で、現在正しいと見なされる席順での末席は助手席とされているようです。私が新入社員の時には、後部座席の真ん中が末席だと教わりました。その位置が最も窮屈な空間だからです。

同記事によると、変化の理由について、車の進化によって、後部座席の真ん中も楽に座れるようになったからではないか、と言われているそうです。よって、運転手とのやり取りやルート選択などに気を遣うべき助手席が末席に繰り下げられたということなのでしょう。

加えて、ここにもタイパの概念が指摘できそうです。末席を選ぶべき人が、上位者に対して後ろや前の座席をご案内しながら、自分より上位の人より先に後部座席の真ん中に乗り込む・・などといった動作をするより、後ろに3人ご案内して自分はさっと助手席に乗り込んだほうが、バタバタせず早く済みそうです。

以前だと「会議は会議室に5分前には集合」が常識的なマナーとされていましたが、オンライン会議では開始10秒前に入室するのも普通になっています。いずれ、実地の会議室でも10秒前到着が普通になるかもしれません。

そのうえで、同記事では「メールの「一往復半」で、長期的にはビジネスが効率化」するかもしれないとして、「一往復半」の意義を次のように説明しています。

最後の返信を返さないことについても、それが会社にとって得であるか、または本当にコストパフォーマンスの良い行動かどうかを再考したほうが良いと考えられる。

名著『影響力の武器』では、人間の基本的な原理に基づく「拒否したら譲歩」というテクニックが紹介されている。これは心理学者、ロバート・チャルディーニによって記された説得の手法であり、別名「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」とも呼ばれている。何かというと、「相手に対して最初に大きな要求を行い、拒否された後により小さな要求に移ると相手の同意を引き出しやすくなる」という技術である。

このテクニックは、相手に対して初めの大きな要求が拒否された後に示される小さな要求が、譲歩として捉えられることに基づいている。人は一般的に、他人が自分に対して譲歩すると、何らかの形で恩返しをしたいと感じる傾向がある(相互性の原則)。したがって、最初の大きな要求が拒否された後に出されたより小さな要求は、「譲歩された」と感じられるため、相対的に受け入れやすく感じ、応じてしまいがちなのである。

例えば、ある非営利団体がボランティアの協力を求めている場合、最初に2週間のフルタイムボランティアを要求しても、ほとんどの人に拒否される。その後、1日だけのボランティア参加を提案すると、最初の要求と比較してはるかに受け入れやすくなり、より多くの人が協力を申し出る可能性が高まるのである。

最初の依頼を断ったことに対して、人は心理的な負い目を感じる。次回何らかの依頼(最初の依頼よりもハードルが低く譲歩した感じがあるもの)があった際には、受け入れる可能性が大きく高まる。

したがって、「承知しました。次回、また何かあればよろしくお願いします」というメールを送付する30秒程度の時間投資は、将来の期待値を考えれば十分に元が取れるのである。

「一往復」で終わるコミュニケーションスタイルではなく、「一往復半」のスタイルを取り戻すことは、個人にとっても会社にとっても大きなメリットがある。これは、それなりにビジネス経験を積んだ人にとっては、十分に理解されることだと思う。ただ、若い人がお客様とどんなメールのやりとりをしているかは見えないから、30秒を惜しむことで発生している期待値低下の実態を、管理職もよく知らないのであろう。

しかし、何より、「タイパ」重視のはずが、長期的な「タイパ」の悪さを自ら招いているというのは、若い人自身にとっても、もったいない話ではないか。

以上から、2点まとめてみます。(もちろん、「一往復」の中にも最適な結果の「一往復」もあると思いますので、すべての「一往復」に当てはまるわけではありませんが)

ひとつは、「一往復」で終わるスタイルは、環境の変化を受けた新しいマナー様式の表れで、若手世代がそれに順応している可能性があるということ。中高年世代は、そういうものだと認識しておくとよいということです。

いずれは「一往復」が大勢となり、「一往復半」云々を持ち出す中高年世代の価値観は、完全に隅に追いやられるのかもしれません。

もうひとつは、一見するとタイパを高める行動に見える「一往復」で終わるスタイルが、本当にタイパになっているのかを再評価してみるとよいということ。その先にもう1往復ぐらいあると、実は長期的な関係性の構築や、相手から自社・自身に対する期待値を高める行動につながった可能性があるかもしれないことを、認識しておくとよいということです。

何かの省略や削減で、その場面での生産性・タイパは瞬間的に上がるかもしれないが、長期的なビジネスの成果はむしろ下げることにつながるかもしれない。ビジネスマナーに限らず、他にも似た事象は身の周りにいろいろありそうです。

<まとめ>
「一往復」ではなく「一往復半」が、実は長期的な生産性を高めるかもしれない。

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