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「ルールを守ってしまってごめんなさい」23歳、書店員時代の1番の失敗@ヨルダン

中東ヨルダンにある素敵な本屋に一目惚れし、「ここで働かせてください!」と本屋で暮らしていたときの話。(詳しくはこちら

●当店の特徴:見た目が美しいこと

ヨルダンにあるこの本屋は、なにせ「見た目」が魅力的である。

人々はみな、店に一歩踏み入れた途端「うっわあ・・」と目を丸くして立ち止まる。そして体をこわばらせながらも、あらゆる情報を得ようと首だけをぐるりと回し、ゴツゴツした壁や高くて開放的な天井を見渡すのだ。

私も初めて店に来た時、全く同じリアクションだったのを覚えている。

●店長の悩み:見た目が美しいこと

しかし店長にとって、「美しいゆえの悩み」があった。

それは、「美しすぎること」である。

もうすこし具体的に言うならば、内装や外観が美しすぎて「それ」目当てで来る人。本を読む気も無く、写真をキャッキャ撮るためだけに来る人の存在だった。

そりゃあこれだけ魅力的で、まるで岩の洞窟のような、カラフルでちょっとボヘミアンなような、でもやっぱりしっかりとアラビアンな店内に、「時を経て味の深まった本」がぎっしりとならんでいる様子はまさに圧巻。大変魅惑の空間である。

正直、こんなに「撮りたくなってしまうほど素敵な」空間は、地球のどこを探してもあまりないだろう。毎日見ている私でも「やっぱいつ見ても素晴らしいわ」と毎日撮らずにはいられなかったぐらいだ。

●美しいゆえの、当店の「掟」

店のドアを開けると広がる世界

大変言いにくいのだが、当店は至る所に「NO PICTURE!」と書いてある。そう、こんなに素敵な店なのに、いやだからこそ、撮影厳禁の店なのだ。しかも「禁止」というより「厳禁」。

店長曰く、この店は「読書を愛する者の憩いの場」なのだから、撮りに来てキャーキャーする人や、散々撮っただけで本を読まずに帰る人が、本っ当に嫌だとのこと。

この前なんて、「二度と来るな!」とすごい形相で追い出したらしい。正直、そこまでする!?と思った。でもなんというか、「信念を持って始めた本屋」が「ただの写真スポット」と見なされるのも不愉快だろうなあと思った。

私もこの店にたどり着いた初日、「着いたよ〜」と店の写真を日本にいる友人だったか家族だったかに送ったら、「わ〜!"ばえる"ね〜!」と言われ、実は大きな引っ掛かりを感じたのだった。私はこの店を「美しいなあ…」とは感じていたが「ばえる」とは全く思っていなかった。

「ばえる」と形容されたのは正直、「かなり無粋」で、「な〜んもわかってないんだね」と感じてしまった。

そういうわけで、私たちスタッフにはありがたくも撮影が許されていたが、お客さんは基本的に「絶対にダメ」というのが当店のルールだった。

●罪悪感の駆け引き

「読みたい人」にとっても「撮りたい人」にとっても天国な空間

さて、日々の本屋の接客で多かったのは「勝手に撮っている人に注意する」仕事だ。至る所にアラビア語・英語・そしてイラストで「撮影厳禁」と掲示してあるのだから、その看板を見落としていることは普通に考えて実際あり得なかった。

その「注意」の業務は私にとって大変心の痛むもので、例えば本を盗むぐらいの「絶対ダメだろ」という悪事になら堂々と注意できるのに、「ちょっと撮っちゃおうかしらパシャリ」ぐらいの「中途半端な悪事」にわざわざ注意するのは、なかなか骨の折れることだった。

私のことをチラチラ見ている客は、「隙を盗んで撮る気なんだろうな」とバレバレだ。正直私だって注意したくなんてないし、むしろ申し訳なくなる。でもやっぱり、真剣に本を選んでいる人たちの横でそういうことが行われていると少し「場違い」な気もしたので、「本物のお客さん」のためにも、スタッフとしてこの注意がけはやらねばならぬことだった。

注意するとき、私は「看板を見てないわけないでしょ?」とは言わず、「あの〜ごめんなさいね、うち撮影はダメで…」と声をかけ、あたかも彼らが「今知った」ことにさせてあげていた。これは「相手への優しさ」ではなく、ただでさえ決まりの悪そうにしてしまう客に対しての「気まずさ回避」のためで、つまり私のためである。

そりゃ撮りたくなるよという店内

●店に来てから、私の一番の失敗

ある日、私が本屋の当番の時。いつもと同じように「たのむから誰も撮らないでくれ!あたしゃもう注意なんて、したくないんだよ・・(ちびまる子)」と願っていると、本屋の重たいドアがギーっと開く音がした。

すると30歳ぐらいの、ヨーロッパ風の旅人男性がふらりと入ってきた。現在の店員は私だけだ。

その彼も、他のお客さんの例に洩れず「うわああ・・・」と目をまん丸にして硬直し、すこし身を屈めながら(なぜかみんなそうする)、首だけをグルリと回して店の様子に圧倒されていた。

しばらくすると私の元まで来て、「あの…。ここは撮影禁止とのことですが、どうしても撮らせていただきたくて。1枚だけでも、どうか撮らせていただけませんか」と尋ねてきた。

お客様!?困ります!!お客様!!!!!!

どうしよう…彼は本当に撮りたそうにしていたし、とっても丁寧に聞いてくれた。けれどお客さんが撮ると店長がもうカンッカンに怒ることを知っている私は、いつものように「う〜〜ん、本当にごめんなさい…。やっぱりそれは難しいかもしれなくて…」と答えた。

彼はしばらく私の目を見た後うつむいて「そうですか….。そうですよね。いえ、失礼しました…」と言うと、本屋を目に焼き付けるようにしてぐるりと周り、しょんぼりと出ていった。

トボトボと歩く彼は何やら見慣れない形の大きなカバンを持っており、もしかしたら高機能なカメラが入っているのではと察した。海外旅行なんて荷物を少なくしたいはずなのに、あれを持ち運ぶとは相当な写真愛好家だろう。

彼を見送った後、私は激しく後悔した。ああ、自分はなんてことをしてしまったんだろう。私の仕事は本当に、ルールに則って「ダメです」と言うことだったのだろうか。あの誠実な彼なら、静かに丁寧にとびきりの一枚を撮って、大切な思い出にしてくれたかもしれない。それに、正直「勝手に撮る人」も多い中で、彼は丁寧に申し出てくれた。それで"尋ね損"をさせてしまったのだ。

もう、なんてことをしてしまったのだ。私が言うべきは「ごめんなさいね」ではなかった。「ご丁寧にお尋ねありがとうございます。本当はダメですけど、どうぞ…何かあったら私から店長に言っておきますから」だったのではないか。丁寧なお客さんのためなら、店長には私から「あの人はとても素敵で丁寧だったから、自分に免じて許可してあげてほしい」と言えたかもしれないし、店長も快く承諾してくれていたかもしれないのに。

あらためて、なんてことをしてしまったのだろう。

彼は、行ってしまった。

私は、機転も効かず、気も効かず、ただ見れば誰でも分かる簡単なルールをそのまま口から出すだけの店員になってしまっていたなんて。そんな自分が心底嫌になった。自分はなぜルールを守ってしまったんだろう。

私はこの日のことを、今でも後悔している。


一番の失敗編・fin


●本屋での生活・仕事

第1話 「ヨルダンの本屋に住んでみた」
本屋のルームツアー
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