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 道路分野の隅っこで、何でもないモノやコトにちょこっとときめいて、明日もこの世界で頑張ろう!と思ううちに数十年が経ってしまった。もしかしてこれらが土木偏愛なのかも、と思い、この貴重な機会におそるおそる書いてみることとした。

 艶消し茄子紺の路面に、果て無く伸びる厚みのある白線。地形の起伏をなぞり、切り通し、時に貫いて道路は続き、街を、里をつなぐ。間断なくクルマが行き交い、モノが運ばれ、社会が生きている脈動のように感じられる。ドローンの映像ではない。点検のために上った切土のり面の最上段から、肉眼で眺められる風景である。

 遅い時間まで残業に追われた後、マイカーで帰宅の道すがら。行く手で、LED標識車の“工事中”の文字が眩しく輝き、反射材を巻いたラバコンが整然と並び、色とりどりの視認性豊かな光り物がちらちらと回転や点滅をしている。車の窓を開けると、瀝青と砂埃の混じった粉っぽい匂いを感じる。大型路面切削機独特の作業音も。今夜もまた、こつこつと舗装補修が捗る。

 夜間工事の開始を集合場所でじっと待つ作業車、作業機械たちには、黙々と自分の仕事を全うする職人そのものの渋みと頼もしさが満ちている。やがて現場への進入指示を受けて、エンジンが唸りヘッドランプが灯る。その強い光と濃い影に縁どられた車体が、「朝礼」時の打合せどおり整然粛々とランプを上がるようすには、道路を守る実作業を担う自信と自負がみなぎる。

 ぼたん雪がしんしんと降りしきる夜、山間部の道路では雪通行止めになった後もずっと除雪作業が続いている。2台、3台の除雪作業車が梯団走行し、スノープラウの巧みな操作で路肩に雪をかき寄せるさまはまさに技能美と言っていい。
 そして朝方、通行止め解除前の走行点検時には、群青から淡い青、藤色、桜色と繊細に移ろう空の色、澄みわたる冷気の向こうにしずむ白銀のやまなみにも息を呑み、徹夜の疲れも飛んでしまうほどだ。

 世知辛い日常業務の隙間に、心を動かされる一瞬がある。お箸が転がっても面白がるようなレベルでお恥ずかしいが、ウットリ見とれるような気持ちって、悪くないと思う。

執筆者:「紫陽花」
高速道路にまつわる仕事を広く浅くやってきました。最近は、旅先で散歩して出会った明治大分水路の姿に切ない気持ちになりました。