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やくそく

気付いたら部室にいた。
室内にいるのは僕と先輩の二人だけで、先輩は本を読んでいて僕はゲームをしている。
僕は隅で僕と先輩を眺めていた。
映画を見ているみたいだ、とぼんやり考えた。
長らく沈黙を保っていたが、不意に先輩は本を閉じて口を開いた。
「私が死んだら泣いてくれる?」
「え? 多分葬式では泣きませんよ」
「えー」
「日常生活に戻った時、例えば部室に来て何時もの場所に先輩がいないのを見て、ああ先輩はもういないんだなって実感して泣くんでしょうね、きっと」
「じわじわくるタイプなんだね」
先輩は一人で納得していたし、僕は僕で先輩を見ようともしていない。
端からみたら奇妙だが、居心地のよい空気が流れていた。
懐かしいな、と傍観していたら再び先輩が口を開いた。
「私は」
先輩の口が動いたのに言葉が聞こえない。
僕がゲーム機から先輩に目を向けた、その表情を確認する前に―――

目が覚めた。

目蓋をあげれば部屋の中は暗かった。
枕元の時計は午前四時を示している。
目覚めるには大分早い時間だが、寝付けなかった。
理由は簡単。先程見た夢が繰り返し、脳内で再生されていたのだ。
懐かしいといっても、夢の情景からはまだ一年しか経っていない。
季節が一周しただけなのに遠い昔の出来事のように感じられるのは何故なのか。
もう先輩がいない日常にも慣れてしまった。
「時間って残酷だな」
思わずこぼれた一人言に溜め息を吐いた。
このままだと気分がどんどん落ちていく。
気晴らしにゲームでもやろう、と机の上のゲーム機に手を伸ばした瞬間、その横にあったスマホが震えた。
手に取り、画面に表示された名前を見た僕は目を見開いた。
先輩だった。
何で、どうして、と疑問が頭の中をぐるぐるとまわる。
その間も鳴り続ける着信音は先輩に急かされている気分になった。
「……はい」
『もしもし? ごめんね、寝てた?』
恐る恐る通話ボタンを押すと先輩の声が聞こえてきた。
相変わらずの優しい声に懐かしさがこみあげてくる。
『おーい。起きてる?』
「あ、はい。起きてます。」
『そう? よかった』
「あの、先輩」
『卒業式何時だっけ?』
聞きたいことを聞く前に先輩に話を遮られた。
人の話を聞かないのも相変わらずですね。
「いえ、一週間後です」
『そっか。もうそんな時期になるんだ、早いね。というか無事に卒業できたの?』
「できましたよ」
『おー、おめでとう』
「ありがとうございます」
本当は直接言ってほしかった、なんて喉元まで出かかった本音は飲み込んだ。
『心配してたけど、卒業できたんだ。よかった』
「ねえ、先輩」
『何?』
「どうして死んじゃったんですか?」
『どうしてって言われてもな』
困り果てた先輩の声。
きっとどんな答えを返したらいいのか、言葉を探しているのだろう。
僕も僕でただ先輩の言葉を待っていた。
『……ごめんね』
唐突すぎる謝罪の言葉に首を傾げた。
『約束守れなくて、ごめんね』
「え? 先輩、どういう」
『もう行かなきゃ。バイバイ』
聞き返すより早く電話は切れ、無機質な電子音が虚しく鼓膜を震わせていた。
かけ直そうと電話帳を見ても先輩の名前はなかった。
ならばと通話履歴を見たが、そこにも先輩の名前はなく、連絡の手段は断たれた。
「約束ってなんですか? 内容くらい言ってから切って下さいよ」
届かない文句を言っていると急激に睡魔が襲ってきた。
寝たくないのに、と思いながらも睡魔には抗えず、僕は意識を手放した。

夢の続きを見た。
「私は君が死んだら大泣きするよ」
はっきりと聞こえた先輩の声に僕はゲーム機から顔をあげた。
意外だって表情をしている。
先輩の性格からしたら泣かなそうだから驚くのも無理はないか。
「だから死なないでよ」
「先輩こそ死なないで下さいね」
「善処はする」
「ちょっと」
「あはは。指切りしとく?」
「子どもじゃないんですから」
そう言いながらも差し出された先輩の小指に自分の小指を絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
先輩の弾けんばかりの笑顔と照れ臭そうに笑う僕の姿が霞んでいき―――

また、目が覚めた。

目蓋をあげると視界がぼやけていた。
頬を伝う涙の感触が気持ち悪くて、でも拭っても拭っても溢れてくる涙に拭うのをやめた。
「バカじゃないの」
呟きが約束を忘れていた自分にむけてなのか、それとも約束を守れなかった先輩にむけてなのか。
僕自身にも解らない。
ただ、涙はしばらく止まらなかった。

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