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“8月のライター”

おまえに貰った使い捨てのライター
厳密には借りて、まだ返せてなかったライター
まだ火がつくぞ
命とか希望を思わせるKelly Green
おまえのヘーゼル色した
瞳のいとこみたいな色だね
無彩色の包囲とか残酷な時間
その中で妙に際立ち 調和さえする色
美しく快活 毅然と凛と咲く 
そんな笑顔の記号
オレのどこを探したって見つからなかった色

そのライターで火を灯す度
小さな炎が震える度
素直じゃない2人の思い出
少しムカついたけど愛おしいジョーク
息を飲む程のおまえの写真が
互いを 待ち合わせ探し合った時間そのものが
今にも燃え尽きそうで

消えそうになる 

消えないでくれよ


消える


同時に不甲斐なさは時と共に
深黒の透明へ変わる
その終点は誰だって怖い

通底していた 朧げな交信
月の上の深緑めいた海底 
昨日も明日も ない混ぜになった海で
魚と鳥の祈るようなダンス 
夢かうつつ
サイドAはシャハーダ Bにミサ
そこで生まれた小さな光の子はやがて
諦めたように涙液に還る
そして悲しげに振り返ったなり
海に帰っていった
その時 強く願ったんだ 既に遅すぎたけど
どうか昨日に戻して下さい、って
だけど溺れた その優しい海深く

今、おまえは幸せか?
晩夏に輝く太陽を枯らせてしまった
子供じみたオレには
字余りの想いなんか もう野暮だから
待ち人のない待合室で一人 残夜
向日葵の花束を手に ただたたずんでいた

追憶を駆けるのは 青い炎に包まれた幸せな馬
草原を駆ける燃えた馬 やがて見えなくなる
馬が向かうのは月の向こう側
あの8月は花火 砂上の楼閣 それか桜の徒花
8月の終わりに咲いた桜だ 
暑さの終わりと連れ立って去ったその命は
やはりごく短かった


優しいナイフが降ってきた
熱で冴えた夜 路上に突き刺さる
その和やかな歌が えぐりとる
自己憐憫 くだらない偏愛 またとない運命を
刃面を流れるのは涙 そうじゃねぇだろ
おい、ナイフども
虚ろな心臓を洗い流せ
灯した火が嘘なんだったら!
それもいっそのこと流してしまえ

“かわたれどき”とか言うらしい
空っぽな黄昏と交差点 無数の人々がすれ違う
都会が放つ瘴気に酔う雑踏 
愛の水子たち 
夜が持つ千の目の眼差し
あいつらには行き帰りする目的があるみたい
オレの眼にはもう何も映りはしないけど
“家”に帰ろう
古びたコークの瓶で作られた静けさの中へ
おまえ以外オレを名指す事のない
“おわり”に遠くて近い
懐かしいあの海へ

思えば、パステル色のシーグラス
それにスカした貿易風を集め
オレは自身の喉元を掻っ切ろうとしていた
その狡さに自分でもヘドがでた
つまるところ
追体験したキズは おまえのとは違っていた
あの8月から少しでも変われたかな?
遠いおまえ 
あたかもおまえが待つという身勝手な嘘を
鏡の中 聞かせなだめる
鎮痛剤 言い訳
返る鋭い反響はどこまでも無慈悲で
無慈悲なクセにあり得ないほど遠くて
今や愛より辛辣なその反響は
オレを殺す凶器に他ならない
そんなのはわかってる だがやめられはしない
深い深い穴からこだまする分 
これでもか、とオレの魂を執拗に刺し貫く
八当たりに 曇り空に銃口を向け花を手向けた

”家”に帰ろう、で、タバコに火をつけよう
すっかりがらんどうになるまで
おまえから貰った 今や寂しげで
空元気な色した あのライターでさ

煙 その印が 大きな雲になって

重力を忘れて 

旅をして

流星や陽の光でおめかしなんかして

いつの日か 


幸せなおまえが微笑む
ラリマーでいっぱいのどこかの空に届くまで

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