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自動書記 “ある恋について”


-夜-
くそくらえ 
心は光になって離れない
遠い女 
丁度3光年先の、オレの裏側にいる女 
2進法でしたためた血の恋文が
彼女に今読まれたんだって知ってる

-昼-
あの恋文の返事がきた 
古びた通底器は怖くて近寄りがたい
誰だって死ぬのは怖いはずだろ? 
恥ずかしい事だがオレにとってはそれと同じ

食欲がない 
いつだって不実の果実はこの時間帯に食卓にあがる
そんなものは食べたくない

煌々としたレモンみたいな太陽にも目眩がしている 
フラつきすぎてもう歩けそうにない

-暁-
夜の泥の中で眠りから覚め、糞のついたプライド、センス、盗品の羨望を最大限の火力で灰に変えた 
こいつらは元々オレではなかった気がするが、いつからかオレの中に棲みついていやがったから 
オレ自身ががらんどうの器になり、身軽になったなら、きっとあの女と同じ天国に行けるような気がするんだ
そしたらさ…

-夜半-
朝は嫌だ 
虚栄を写す光より、全部ハッキリ聴こえる夜がいつも待ち遠しい 
コウモリがするように、真実が発する高純度の波に酔う
あの女の声もこの時間帯ならクリアに聴こえているから、いつかお喋りが楽しめるはずだ


-ある昼-
ヤマバトが阿保みたいに鳴いている
焼いてやりたい、耳が痛い

食肉処理場の屋根の上、こいつの親玉みたいなバカでかい鳥がオレをものすごい形相で睨んでた、オレの業はお見通しだ、とばかりに
意気地なしのオレは目を伏せるしかなかった
巨鳥に喰い殺されるのだけは勘弁願いたい

彼岸花がオレを笑う、冗長に練り上げた鼻につくロジックや、狡い物書きが使うようなレトリックはお前には似合わないんだと 
例えるなら子供が得意顔で乗馬するようなものだと

高らかな花の嘲りに嫌気がさしたし、それを認めざるを得ない自分にもイラついたから、アサイラムそのものみたいなベッドに戻ることにした

-ある朝-
夢をみた

あーあー言ってる知的障害者どもがポストにビラを無理くり捩じ込んでる、その中の1人がオレを見るなり大泣きした 
で、もう1人はオレを指差しゲラゲラ笑う
オレは正気だ、お前らと一緒にするな
オレ自体は恐怖なんかじゃないからな、だから笑うな

ところで今、目の前を風に乗って炭疽菌の一団が横ぎった 
奴らはどこか楽しそうだった
危ないところだ、あれは炭疽菌なんだよ
物心ついた時から、菌とかウイルスが太陽の光に透けてキラキラ見えてるし、嘘じゃない
もう既にウイルスどもは、オレの眼球の中を泳ぎまわっているんだろうが
イグナッツ•ゼンメルワイスが提唱した通り手洗いは大事だよ 
相変わらずまだ食事はとれないが

-存在が定かではない時空-
車に彼女を乗せている
寿司を食べてみたかったという
何てカワイイんだ、何処までも一緒に行こうと決めた
共に見た遠い雷雲や儚い花火は、確かに彼女とオレの前世から通底していた原風景だった
つまり女の囁きは、オレの願いと寸分違わない
行方知れずの魂の、もう半分を見つけたんだ、天にも昇るようだ
だが、とうとう終いには”同じ天国には行けそうもない”、と告げられてしまった
彼女もオレも共に運命の囚人だからか、と絶望を忘れるよう噛み締め、誤魔化すようそう思い込むことにした…
もう1人の自分は、”彼女の手を離すな!”と泣きじゃくり叫喚するのだが…
とにかく運命とオレ自身とをハッキリと呪い始めたのは正しくこの瞬間からだ

-はじめの宵-
奴らが空っぽなビラを捩じ込んだせいで、あの女からの手紙が哀れにも折れ曲がっている
その想いも、おそらくは曲がってしまっているだろう

あんなに嫌だった通底器は壊れて動かない 無性に哀しい 大きな古時計って曲みたいに

くそったれ 
もがいたって届きはしない 
影より深く焼きついた心は離れていかない
虚空の中でさえ焦がれた時間は立ち返りはしない、その時間が元居たはずの場所にどうしても当てはまらない
文字通り、感情が焦げついた、でも青いままなんだ
神が選んだ本を5冊は読んだけど、そんな事は誰も教えてはくれなかったな

萎びた一つの眼球が、惨たらしい無機質なカーペットに転がっている 
あれは確かオレの目玉だ、何故って、何だか見覚えがある 
臆病者? 今それを言うな 
未だに神が見えないから、オレは右眼を穿り出したんだっけか

頭の奥 遠くの方で擦り切れたホレス•シルバーが聴こえる 
砂まみれの熱病と同じ旋律 
一度も世に出たことが無い秘密の曲
やはり聖人は黒人だった
他のアジア人どもには決してわからないが、オレだけがわかるし、ステップだって上手に踏める
でも黒人どもはオレを除け者にする、お前は我々の伝承の隠された意味、ブルースとヴードゥーを永遠に心で理解できないから、と 
日曜の礼拝の後チキン•アンド•ワッフルを食べた位で、或いは、再開発されたハーレムの裏路地に記憶された血塗れた銃弾を感じた位で、我々をわかった気になるな、と
そんな明け透けな事を言われてもね、オレは古事記だって理解しちゃいない人間さ
ところで、あの旋律が側坐核に受容されないなら、今のところそれをリバース再生するだけでいい

失った時間はオレの幻肢痛だ、細胞一つ一つに解剖用のメスで刻印される、気の遠くなるような拷問だ おまけにそれは顔を豪奢なベールで隠したアラブの未亡人かピカピカ光る革靴を履いた英国紳士みたいに表向きは容姿端麗で上品ときてる
耐えられないぜ
死にたい?そんな事いうもんじゃない、オレは生きたいし、お前にもまだ生きていてほしい、本当だよ

深夜2:62
やはりな
歴史の向こう側に神はいて、オレが見落としてるだけなのか?
神はオレを試したんだ

-はじめの夜-
煤けた鏡に映る自分
それは老いた大蛇が棲む霧がかった湖で、気が向いたら、哀しみの塊を投げ込んでみる
どぼん、って音と共に鱗にも似た湖面を波紋がただ広がるばかりで、その気難しい蛇と会えた試しは一度もないけどな

もう一つ、鏡について伝えておきたい
こんなオレでさえ、そこに映る時間の秘密だけは辛うじて知っている 
シンプルに、ある角度が合言葉の代わりだ、これだけは自分自身で探し出してくれ

ふと忘れ去った出来事を思い出したら、少し安堵でき、笑えた 
答えの半分は、オレと一緒に寝起きしてたんじゃあ世話ないよ
久しぶりに心の底から笑ったよ
祖父がもう大人になったオレをあやすように微笑んでくれたから
もう何物からも自由なのかもな

かといって、わからない事はまだある

あの、レモンの太陽は爆弾か?
あの遠い女は、彼岸花だったのか?

答えがわからない時は、薬を沢山のんで、貪るように眠るようにしている

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