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【時に刻まれる愛:1-2】退屈

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孤独の天才

小学校に行かない日々が続いたものの、実のところ、ボクの成績はズバ抜けていた。

幼い頃から、優秀な父親の難しい本を手に取っては、父に質問をしながら内容を理解しようとしていた。

父が優しく教えてくれるものだから、それが一つの楽しみでもあったのだ。

ボクの父は、いくつかの会社を経営していたが、中には医療や科学の分野に関わる会社もあったらしく、父の家の本棚にも専門書がずらりと並んでいた。

だから幼い頃から、たくさんの難しい本と触れ合ってきたので、小学校の勉強などボクにとっては容易かったのだ。

父は、ボクに対して、教育という面でも熱心だった。

父は僕に、よくこう言った。

『君に、課題を与えよう。』

こうやって、何か課題を課すのが父の癖だった。

父は、ボクがその課題に、どのように挑み、どのようにクリアするのかを見るのが好きなようだった。

努力は大いに誉めてくれたし、達成したことは手放しで喜んでくれた。

失敗して落ち込んだ時には、一緒に解決策を考えてくれた。

厳しいだけじゃない。
達成する力を育てるコツを、父は知っていたようだった。

父の失踪後、今の家に移った後は、爺やがよく面倒を見てくれた。

どうやら爺やも、その昔、勉強が得意だったようで、

『坊っちゃま。
 この本を読んでみてください。

 坊っちゃまが先日興味を示していた、
 物理学に関する本ですぞ。』

などと、いつもおすすめの本を紹介してくれる。

これが、かなりボクには面白い本ばかりで、おかげで今の家に移ってからも、ボクの知識はどんどん増えていった。

だから、小学校の授業などを受けなくても、テストの日だけ顔を出しては、当たり前に満点を取って帰ってきた。

それがおそらく、みんなには奇妙に映ったんだ。

鬼才か変人か

普段、ほとんど学校に現れないのに、成績だけは抜群。

自分では少し誇らしく思っていたけど、周りにはそれが奇妙に映っていたんだ。

なんだよ、アイツ。変なヤツだな。
ちょっと、おかしい人だよね。

学校に行くたびに、そんなささやき声が聞こえてきた。

もちろん、友だちはまったくと言って良いほどいなかった。

どれだけ孤立しても、どれだけ学校に行かなくても、どれだけ嫌がらせをされても、成績は抜群という奇妙さ。

この、絶妙に噛み合わない歯車が、ボクの孤独をより絶対的なものにしていた。

本当は、成績が良いことは褒められることのはず。

でも、あまりにも普通の子と違うという一点が、先生たちの目にさえ奇怪に映っていた。

ボクはボクで、そうした学校からの視線に背を向けるように、より自分だけの世界に閉じこもっていた。

湖の近くの、隠れ家のような屋敷に住む、得体の知れない不思議な天才少年。

これを、良い意味で捉えてくれたら、ボクの人生は少し違っていたのだろう。

でも、現実は真逆だった。

まるで恐ろしい存在を避けるように、見て見ぬふりをするように、周りはボクと距離を置いた。

気づけばボクは、天才などという称号よりも、変人というレッテルを貼られた厄介者になっていたのだ。

我が一族の血

父の失踪によって、人生そのものが灰色に見えていたボクにとって、小学校に通うということから距離ができていることなど、あまり気にならないことだった。

一方で、自分が賢いことには少し興味を持っていた。

それは自惚れではなく、何か理由があるのではないか?と感じていたのだ。

ある日、爺やに聞いた。

「ねぇ、爺や。」

本棚を整理しながら、爺やは答えた。

『はい、坊っちゃま。』

ボクは、率直に聞いてみた。

「爺やは、お父さんをよく知っているんだよね?
 お父さんも子どもの頃から頭が良かったの?」

爺やは、得意そうに答えた。

『もちろんですとも。
 私は、お父上を子どもの頃から存じ上げておりますが、
 お父上も小さい頃から、かなり勉強が得意でしたな。

 拓実坊っちゃまも、負けてはおりませんよ。』

そんな風に言うと、爺やは嬉しそうにボクの頭を撫でた。

ボクが、続けて何か聞こうと思ったところで、爺やの方から話を続けた。

『私は、お祖父様のことも存じ上げております。
 お父上は科学に関する企業を経営しておられましたが、
 拓実坊っちゃまのお祖父様は、お医者様だったのです。

 坊っちゃまの頭の良さは、
 代々受け継がれる優秀な血なのですな。』

爺やはそう言うと、嬉しそうに笑いながら、晩御飯の支度へと向かって行った。

おじいちゃんがお医者さんだったなんて、はじめて聞いた。

ボクが生まれるより前に、おじいちゃんは亡くなったと聞かされていたので、あまり詳しい話を知らなかった。

おじいちゃん。お父さん。ボク。

孤独な日々の中、久しぶりに強い繋がりを感じて、ボクは数年ぶりに自然と笑顔になれた。

世界を変えろ

遡ること、3年前。ボクが7歳の時。

まだ父がいたときのことだ。そう、父の家での記憶。

ある物語を読み終えたボクは、不安になっていた。

「お父さん!」

鏡の前でネクタイを締めていた父に、ボクは聞いた。

「お父さんも、いつかは死んじゃうの?
 この本では、歳をとって死んだ人が出てくるよ。
 みんな、いつかは死んじゃうの?お父さんも?」

この時のことは、今でもはっきりと覚えている。

父は、視線を鏡からゆっくりとボクの方へと移した。

『お前はどう思うんだ?拓実。』

ボクは、少し考えながら答えた。

「わからない。
 でも、死んでほしくない。
 お父さんにも、お母さんにも。
 でも、死んじゃう・・・んだよね?」

父は、低く優しい声で、ボクに尋ねた。

『拓実。世の中には、変えられないものがあると思うかい?』

ボクは、これにはすぐに答えた。

「たぶん・・・。
 飼っていたカエルだって、この前、死んじゃったし。
 世界には、変えられないものもあるんだと思う。」

ボクの答えを聞き終えた父は、ネクタイを締めると、カバンを持った。
もう、仕事に行くところなのだと分かった。

「お父さん、待って。」と言おうと思ったところで、父は扉の前で言った。

『世界を変えろ。拓実。』

7歳のボクでも、何かズシンと言葉の重みを感じた。

『世界を変えろ・・・。』

何度も、父の声が響いて聞こえているようで、ボクは父の部屋でしばらく立っていた。

父の部屋にあった柱時計の音だけが、カチカチと正確に音を刻んでいた。

窓から見える記憶

相変わらず、今のボクは、ただぼーっと窓から湖を眺めている。

今朝も、あの紺色のセーターを着た男性が、船を漕いで湖の向こうに渡って行った。

今日は、爺やの話を聞いてから、3年前の父の『世界を変えろ』という言葉を思い出したりして、少しだけいつもと違う一日だった。

変わらないことは、こうして窓から外を眺めている孤独な現実。

でも、どうしてだろう。

いつもよりも早く、あの男性が湖の向こうから帰ってくるのを待っていた。

普段なら、夕陽が窓から差し込んでくる頃にその光景を見るのだが、今日はかなり早くから、名前も顔もわからない、あの男性の帰りを待っていた。

まだ明るい日差しが、ボクの顔を照らした。

ふと、父の家にいた時の記憶が蘇った。

ボクは、父が帰ってくるのが好きだった。

父が帰ってくるだけで、ワクワクしたから。

だから、よく窓から外を見て、父の帰りを待っていた。

どういうわけだか、そんな記憶がボクの頭をよぎった。

ふと我に返ると、気づけば窓の外はすっかり夕焼けになっていた。

湖の向こうから、あの男性が船を漕いで帰ってくる。

「お父さん・・・」

思わず、口から、そう出てきた。

でも、自分をこれ以上傷つけまいとするかのように、ボクは無理やり言葉を繋げた。

「・・・な、わけないか。」

その時、ボクの部屋の扉をノックする音が。

『拓実坊っちゃま。夕食の準備ができましたぞ。』

爺やの優しい笑顔に、少し救われた。

食卓に向かう廊下で、ボクは抑えきれずに言った。

「・・・爺や。
 ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

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