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【時に刻まれる愛:1-7】決意

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推理

それにしても驚いた。

ボクが20歳になったら、父の、お城のような邸宅を、ボクに譲ることになっていたなんて。

いや、おそらく最初からそう決まっていたわけじゃない。
当然だ。

それを決めたのは、父が、自分の身に何が起きるのかがはっきりと分かって、覚悟した後なのだろう。

つまり、de・hat社に父が開発した薬の存在を揉み消された後だ。

人類から死の悲しみを消し去る希望の薬。hopeという名の薬。

その存在をde・hat社は揉み消した。

薬の存在だけじゃない。

ボクの父のことも消し去った。

父は、そうした危険からボクや母を遠ざけるために、ボクらが今住んでいる隠れ家にボクらを避難させた。

爺やがボクらの世話をしてくれるようになったのは、その頃からだったな。

父の家にいた頃には、たくさんの人が父に仕えていたから、正直に言って爺やのことは知らなかった。

でもきっと爺やは、父が決意をしたのと時を置かずに、父からこの一連のことを命じられていたはずだ。

ボクらを隠れ家に移り住ませること。
そこで成長を見守ること。
ボクが20歳になったら、父の家を継承すること。

父にはきっと、ここまでのことが全部、分かっていたんじゃないかな。

ボクが辛い少年時代を過ごさなければいけなくなる、ということも。
それを乗り越えて、ボクならいつかは人生を取り戻せる、ということも。

だから、大人になったボクに、自分の最大の資産でもある邸宅を継承しようと決めたんじゃないかな。

父親として。大人として。受け継がれる血の証として。

ご褒美という意味も少しはあるのかもしれないが、きっと父がボクに受け継がせたかったのは責任というものな気がした。

秘密部屋から一つだけ、額縁に入った父との写真を、ボクは自分の部屋へと持って来ていた。

その写真を眺めながら、ボクは「分かったよ、お父さん。ありがとう。」と呟いた。

記憶

それにしても、記憶というのは不思議だ。

こういうことになると、忘れかけていた遠い日の記憶が、鮮明に蘇ってくる。

いくつもの会社を経営する父の邸宅は、まさに城と呼ぶにふさわしい佇まいだった。

海のすぐ近くにある高い丘の上に、その城は建っていた。

外壁はいつも綺麗に磨かれていて、その石積みは見事なまでの美しさだった。

住み込みのお手伝いさんたちの部屋や、お客様用の部屋が数え切れないほど存在し、どれも常に綺麗に準備されていた。

あまりに広く、豪華な家ではあったが、父は意外にも質素な生活を好んだ。

父や母やボクが生活に使うのは、城の一部であり、残りはお手伝いさんやお客様のためのものだった。

母の部屋からはいつも薔薇の香りがした。母は部屋を飾るのが好きだった。

ボクには勉強部屋が与えられていた。
それほど広くはない、ちょうど良い部屋だった。

ボクの勉強部屋には、余計なものは置かれていなかったが、机だけは立派だった。
きっと、価値の高い机なのだろう。

ボクの勉強部屋には窓があって、そこから城の門が見える。
いつも、その窓から、父を乗せた車が帰ってくるのを見つけるのが好きだった。

それから、父の書斎は、秘密基地のようだった。
豪華で綺麗に保たれている客室とは違い、父の書斎には本やメモ書きが自由に散らばっていた。

世界地図、地球儀、難しい科学の本、外国語で書かれたレポートの束・・・。

あの頃、その部屋の様子はボクにとってはワクワクするものだった。
まるで探検家の秘密基地のようだったから。

そして、今のボクの家に隠されていた、書物庫の奥の部屋もまた、その父の書斎の雰囲気にとてもよく似ていたのだ。

疑念

父の家にいた頃の記憶が、溢れるように蘇ってくる。

嬉しい気持ちもだんだんと増す一方、まるで光が強くなるほど影も大きくなるように、ある不安が膨らんでくる。

父の家は、今は、どうなっているのだろうか。

というのも、de・hat社は父を消し去った後、父の家に近づいたりはしていないのだろうか。

もし、そういうことがあるのなら、父の家を単純に受け継いで、何も考えずにあの家に帰るのは危険だ。

ボクの身が危険なのはもちろんのこと、父の個人院に隠れて入院している母の存在や、この隠れ家を守る爺やにだって危害が及ぶかもしれない。

そう、父がボクに受け継がせたかったのは、お坊ちゃんとしての奔放な生活ではなく、みんなを守る責任の方だ。

ボクは、そう理解していた。

だから、20歳という節目なんだ。
大人として、守られる側から、守る側になるために。

もう会えない父からの、はっきりとしたメッセージを感じていた。

だからこそ、慎重にならなければいけない。

あの家は今、どんな状態なのだ。

爺やなら、何か知っているのだろうか。

静寂

「ねぇ、爺や。」

朝食の準備をしていた爺やに、ボクは後ろから声をかけた。

相変わらず、かなりの手際で朝食の準備をしながら、爺やは答えた。

『おはようございます、坊っちゃま。
 昨夜は眠りに付けましたかな?』

もちろん爺やにも、ボクがあれこれと考えを巡らせているうちに夜が明けてしまったことなど、想像ができただろう。

だからボクは、つい本題を急いだ。

「うん、まぁね。
 いや、とにかく。

 今、お父さんの家はどんな状態なの?
 ボクらがこっちに来てから、
 あの家って、
 誰かが出入りしていたりする?

 そう、たとえば・・・」

ボクが、少し言葉に詰まると、爺やが続きを言った。

『de・hat社の人間?
 ・・・ですかな?

 それが気掛かりなのでしょう?』

賢くて要点の絞られた爺やの話し方が、ボクは好きだ。

「あ、うん。
 そうなんだ。

 何か知っている?」

昨夜の爺やは、父に仕えた優秀な執事の顔をしていた。
でも今朝はもう、ボクの親代わりの優しい老人の顔に戻っていた。

爺やは、優しく微笑みながら答えてくれた。

『坊っちゃま。
 ご安心を。

 あれからずっと、
 お父上の家は
 守衛に見張らせております。

 ですが、
 家はもちろん、
 敷地の付近を訪れた者も
 一人もおりません。』

ボクは少し、力が抜けた。

「なんだ、そうか。
 良かったよ。

 それじゃ、きっと・・・」

また爺やが先を読んで口を開いた。

『えぇ、
 de・hat社は目的を果たしたのでしょう。

 お父上の開発を揉み消した以上、
 それ以上、余計な詮索は
 彼らの所業に
 思わぬ証拠を残し兼ねませんから。

 彼らにとっては
 薬の開発の存在を消し去り、
 そして・・・』

爺やが、口を滑らせたような慌てた目をした。

今度はボクが、先を読んで言った。

「お父さんの存在も消し去ったからね。
 良いんだよ、爺や。
 
 もう、そのことは大丈夫。

 とにかく、
 ヤツらはもう、
 近づいて来ないと
 考えて良いんだね?」

爺やは、いつの間に大人になったボクを見つめ直すと、少しだけ大人の口調で言った。

『えぇ。
 
 守衛が見張りを続けていますが、
 中には誰も入っていません。

 私も含めて、
 10年間ほど誰も。

 ですから、
 手入れはされておりません。

 ただ静かに、
 あの場所に眠っておられます。』

爺やの独特な言い回しが、爺やにとってもあの家や父が、大切な存在だったことを伝えていた。

帰還

「爺や。

 今日はボク、
 お母さんのところに
 お見舞いに行きたいのだけれど。」

爺やと朝食を摂りながら、ボクは言った。

いつも、ボクが要件を伝えると、爺やは早い。
グラスの水をさっと飲み干し、立ち上がりながら答えた。

『かしこまりました。
 すぐに準備いたします。』

ボクがまだ何か言いたそうなのを、爺やは気づいたようだ。

爺やは、立ったまま動かずにボクを見つめた。

ボクも立ち上がりながら言った。

「爺や。
 お母さんの顔を見たら、
 ボクは準備するよ。

 お父さんの家に行くための。」

ボクと爺やの間に、この10年間の数々の出来事が、一瞬のうちに流れたようだった。

爺やは、また突然に優秀な執事の顔になった。

『かしこまりました。

 坊っちゃま。
 しかし、忘れ物がありますぞ。

 書物庫の隠し部屋を、
 もう一度ご確認ください。』

ボクは、間を置かずに疑問をぶつけた。

「ん?なんだろう?
 あの部屋はもう、
 調べ尽くしたけどな。」

そう言うと、ボクの前に立つ優秀な執事は、また独特な言い回しをした。

『坊っちゃま。
 
 真実を知りたければ、
 裏側までよく見ることです。』

謎めいた言葉に、ボクは素直に続きを聞いた。

「裏側って?」

爺やは、襟を正すと、ボクの目を貫くように見ながら言った。

『ご案内しましょう。』

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